| 本文中に登場する貨幣単位「リラ」は、滞在時に円が強かったこともあって、「100リラ=約5円」でした。従って、「10,000リラ=約500円」です。簡単な計算は、「0」を1つ取って、半分にして下さい。 ただ、現在はEUROの発行により、役に立ちませんが…。 |
ということで、ここでは「2000.10.18」に、僕が実際に本場イタリアのCALCIOに触れ、本物のHOME STADIUMと本物のCURVAを感じてきた、欧州チャンピオンズリーグ「AC MILAN vs FC BARCELONA」の観戦日記を、憧れの「ジュゼッペ・メアッツァ」からお伝えします。あと、クリックすると大きくなる画像あります♪
さてと、まず何処から書き進めようか…。
まぁ、せっかくなんで、MILANOの町の風景なんかを織り交ぜながら書いてみようと思うので、試合開始は夜8時45分なんだけど、時計を試合当日の朝に戻します・・・。
この日の朝。前日の移動(関西空港→仏PARI・ドゴール空港→伊MILANO・マルペンサ空港)の疲れと時差ぼけの頭を抱えながらも、7時にはなんとか起きてみた。ただ、外はまだ真っ暗だ。とてもじゃないが、朝♪という気がしない。おかげで、なかなか頭もスッキリとしてくれない。
そんなボケボケの頭でも、やらなければならない事は山ほどある。
と、いうのも、今回の「生観戦」。肝心の観戦チケットを持っていないのだ…。
そもそも今回の「生観戦」は、旅行会社が主催する「ごく普通」のイタリア旅行の日程内に、MILANOでの「自由時間」を利用して「個人」で観戦しようというもの。「SerieA」なんかの観戦ツアーによくある、「観戦チケット付き」ではないので、まず観戦チケットを個人で入手する必要があった。
その方法としては、「JALワールドプレイガイド」なんかを利用すれば、チケット自体の確保は日本にいても可能だが、この「ワールドプレイガイド」を利用する方法では、チケットの受け渡しが「試合の前日」となる為に、試合があるMILANOに前日入りする必要がある。「INTER」なんかはネットでチケットを購入できたりもするのだが、MILANは残念ながらネットでのチケット販売を行なっていない・・・。従って、個人でチケットを入手するには、現地調達ということになるのだが、普段の「SerieA・リーグ戦」のチケットならば、「DERBY」や、よほどビッグなカードでもない限り、チケットが完売することはまずないから、当日スタジアムに行けばチケットを確保するのは楽勝のはず・・・なのだが、この日のカードは「欧州CL」。しかも、「MILAN
vs BARCELONA」という、欧州CL2000/2001シーズン・1次リーグ「Group-H」の中でも屈指のカードで、MILANのオフィシャルサイトを覗くと、「チケットはほぼ完売」の文字が!
こうなったら、ダフ屋から買うしかない!と思い立ち(かなり無謀)、あらゆるセリエ関連のサイトをあさってはダフ屋対策を立て、意気揚々とMILANOへ乗り込んだのだが、そこに横たわるのはやはり「言葉の壁」。これを打破するにはまず「イタリア人に慣れなければ!」ということで、まずはその第一歩。ホテルのフロントのお姉さんにチケット情報なんかを訊いてみようと考えた。
ただ、チケットに関してはもう「当日券」が残っている可能性はほとんどなく、ましてや試合当日にスタジアム以外でチケットが販売されることなど「あり得ない」のは、分かりきっているのだが、これも勉強!と割きって、「サッカーのチケットはどこで売ってますか?」と、たどたどしいイタリア語で訊いてみた。
すると「?」といった顔をするお姉さん。どうやら、イタリア人がすべて「CALCIO好き」という訳ではないらしい(あたりまえか)。と、そのお姉さん、ロビーにたむろしていた年の頃「30前後」のあんちゃんと大きな声でなにやら話し始めた。そのやりとりから、「サッカーのチケットって何処で売ってるの?」って訊いてくれてるのは容易に想像がついた。そして、話がひと段落ついたお姉さんはこっちに向き直って「カリプロ、カリプロ」と何度も繰り返す。で、こっちが「カリプロ?」って顔をすると、おもむろにペンを取りだして、「何か書くものを出して」といったそぶりを見せる。そして、こっちで出したメモ紙に書かれた文字は「BANCO
CARIPRO」。
「あ、カリプロ銀行のことか…」
というのも、MILANのホームゲームのチケット入手先として、スタジアム以外で最もメジャーなのは「BANCA
CARIPRO(カリプロ銀行)」であり、MIANO市内の全支店でチケットを扱っているということぐらいは事前に調べて知っていた…。だから、ホントのところはそれ以外の「BAR(バール)」なんかを教えて欲しかったのが、話しの成り行き上、せっかくだからその「支店」の所在を訊いてみた。すると、それはホテルから程近い場所にあるらしい。
ただ、開店時間を訊くかぎり、市内観光に出発する時間の関係上、残念ながら教えて貰った「支店」に寄る時間はなさそうだった…。
ということで、僅かばかりの経験値を稼いだ、朝の情報収集を終えると、ホテルで朝食を済ませ、MILANO市内の観光へ出発である。
雲ひとつない快晴の下、「CASTELLO SFORZESCO(スフォルツェスコ城)」を見学し、その後「TEATRO
DELLA SCALA(スカラ座)」がある「PIAZZA SCALA(スカラ広場)」に到着。そして、ここからディズニーランドのワールドバザールによく似たアーケード「GALLELIA
VITTORO EMANUELE2(V・エマヌエーレ2世のガッレリア)」を通り抜け、イタリア最大のゴシック建築「DUOMO(ドゥオモ)」が佇む「PIAZZA
DEL DUOMO(ドゥオモ広場)」に辿り着いた。
ここまで見たものすべてがとにかくすごいスケール。そして永い歴史の積み重によって醸し出される重厚感に、ただひたすらに圧倒され、そして感動しきりだった…。
昼食はMILANOといえばコレ。ということで、「ミラノ風カツレツ(薄〜いトンカツ)」を頂き、それが済んだら、いよいよ怒涛の自由時間の始まりである。
自由時間は午後一杯どう使ってもいい状態で、ホテルに帰るのもそれぞれ個人単位だから、時間の制約はまったくなかった。
ちなみに時刻はまだ1時をちょっと回ったばかり。試合開始は夜8時45分だから、メアッツァには3時間位前に着くようにするとしても、あと5時間はある。さて、どこから見て回ろうかと考え、最初に向ったのは「ドゥオモ」。ガイドさんの話では、ドゥオモにはエレベーターがあって、屋上に行けるというのを聞いていたから、それを登ってみようということになったのだ。また、その道すがら、ドゥオモ広場に出ていた売店でイタリアのスポーツ誌といえばコレ!というピンク色の「GAZETTA DELLO SPORTO(ガゼッタ・デロ・スポルト)」を買い、夜のBARCELONA戦のチェックをすると、予定どうり試合はありそうだった。イタリアならずとも、欧州ではいきなり試合がキャンセルになることがよくあるのだが、これでひとまずホッとした。
そして、ドゥオモまで戻ると、展望エレベーターのチケットを買い、5・6人しか乗れそうにない小さなエレベーターで一気に屋上へ。と思いきや、エレベーターを降りてから更にその上があるようで、屋上の狭い通路を渡って小さな階段を登り、ようやくドゥオモの最上部で金色に輝くマリア像の袂に到着した。
そこから見える景色は、MILANO市街を360度見渡す事ができて、まさに絶景!ただ、天気が良すぎたせいか、若干モヤがかかったような状態で、遠くに見えるはずのアルプスの山々を望むことは出来なかった。残念…。
続いて、「ガッレリア」のアーケードにある、オープンカフェでお茶(といっても、コーラ)した後、その向いにあったスポーツショップに寄ってみた。店内はさすがにMILANO一色で、サッカーのレプリカシャツは、我がMILANと、宿敵INTERのものばかり。そのレプリカだか、幾らぐらいか見てみると135,000リラで、あまりの安さに思わず衝動買いしそうになったが、夜の観戦と帰りのタクシー代なんかで、どれだけ出費がかさむか見当がつかなかったので、ここではぐっと我慢した。ただ、MILANのレプリカはその後ROMAで買ってしまったが・・・。
ちなみに、ここでもダメモトでBARCELONA戦のチケットを売ってないかと聞いてみたが、返ってきた答えはもちろん「Non(ないよ)」でした。
次に向ったのが、いよいよ「BANCA CARIPRO(カリプロ銀行)」。ここは、午前中の市内観光で「スカラ座」の隣にあるのを偶然見つけていたので、ガッレリアのアーケードをスカラ広場まで戻ったのだが、午前中のスカラ広場の雰囲気とは明らかに違っていて、なんとも物々しい感じ。なんでもこの日の夜、何十年ぶりかでイギリスのエリザベス女王がスカラ座にやって来るらしく、その警備の為だったそうだ…。と、それはさておき、いよいよカリプロ銀行に突撃した訳だが、BARCELONA戦のチケットについては最初から諦めつつ、これまた懲りずに窓口のお姉さんに「サッカーのチケットありますか?」と訊いてみる。
するとお姉さん、「SiSi(はいはい)」って感じで紙とペンを持ち出してくれた!までは良かったが、お姉さんの「で、いつの?」という問いかけに「今日」と答えた時点で、あえなく両肩をすくめられた…撃沈。
これをもって、チケットはダフ屋から買うのが確定した(笑)
さて、カリプロ銀行を後にしても時間はまだ結構あったので、再びガッレリアのア−ケードに戻り、テレコムイタリア(日本でいうところのNTT)の公衆電話コーナーから日本に電話してみることにした。自動販売機で買ったテレカの角を折って、公衆電話に挿入する。あとは、国識別番号を押してから、市街局番の最初の「0」を取って通常どうりダイヤルすると、そこからは普通の公衆電話と一緒である。ただ、10,000リラのテレカのカウントがもの凄い勢いでなくなっていったが…。
ちなみにこの時、イタリアは午後3時過ぎだったので、日本時間は夜の11時過ぎ。
ということで、この辺から身体が妙にだるくなり始める。まだこっちの時間に身体が慣れていないので、午後4時(日本時間の夜12時)を過ぎる頃には、前日の移動の疲れも重なって、思考能力もなんだか鈍ってきた。
だが、そんなことを言ってる場合ぢゃないのだ。これからメアッツァに赴き、ダフ屋と戦わなければいけないのだから…。
それから1時間ほど、ガッレリアのアーケードの中央にある「PRADA(プラダ)」本店の真向かいにある「MAC(マクドナルド)」で時間を潰し、時計が夕方5時半を回った頃、遂にメアッツァに向けて出発することにした。
また、メァツツァまでの交通手段については、公共の乗り物(バス・トラム・地下鉄)を使うことも考えたが、添乗員からしつこく聞かされていた、「公共の乗り物に乗るときは、ジプシー(スリなど)に気を付けてください」というのが、どうも気になったので、多少割高にはなるものの、タクシーで行く事にした。
ただ、このタクシー。日本のように、街中を流しているわけではなく、市内各所にある「タクシー乗り場」からしか基本的に乗ることができない。この日の場合は、ドゥオモ広場のドゥオモの真正面にタクシー乗り場があったので、タクシーを捜す手間はかからなかったが、ちょっと不便といえば不便かもしれない…。
ちなみに、このドゥオモ広場のタクシー乗り場の傍にあった「ジェラート屋さん」のジェラートは猛烈に美味かったです。ROMAの、あの有名な「FONTANA
DI TREVI(トレビの泉)」の傍にも、おそらくはここのと同系列のジェラート屋さんがあったけど、当然ながらこちらも美味でした。ちなみに、映画「ローマの休日」で、オードリー・ヘップバーンがジェラートを食べたシーンで有名な「PIAZZA
DI SPAGNA(スペイン広場)」には、ジェラート屋さんはありませんでした。なんでも、ここでの飲食は厳禁とか…。
さて、話しは戻って、タクシーに乗り込むところから。
ここはイタリアである。従って、タクシーも当然欧州の車ばかり。道幅がそれほど広くないから、必然的に走っている車はコンパクトなものが多くなり、あの「ルパン3世・カリオストロの城」でルパンが乗っていた「FIAT500」なんかが、元気に街中を走りまわっている。これがまた、イタリアの古い街並みと見事なほどにマッチしてたりする。それとやけに目についたのが、最近日本でも売り出し中の「smart」。で、日本車はというと、ほとんど走っていない。見たのは古〜い「HONDA-CIVIC」ぐらいか…。
そして、この時乗ったタクシーはドイツの「OPEL」。おお〜っ!MILAN戦を見に行くには縁起が良い(OPELは永遠の胸スポンサーです)!などと思いつつ、タクシーに乗り込み、運ちゃんに「STADIO
SAN SIRO(スタディオ サン・シーロ)」と告げると、その運ちゃんは「MEAZZA(メアッツァ)?」と訊き返してきたので、こちらも「MEAZZA!MEAZZA!」と切り返す。どうやら「SAN
SIRO=MEAZZA」ではないらしい。確かにサン・シーロは地区の名前で、メアッツァの隣には「GRAN
PRIMO DI MILANO(ミラノ大賞典)」が行なわれる、「ミラノ競馬場」もあるので、サッカー場はメアッツァ!ということなのだろう。
そしてタクシーはMILANOの市街地を颯爽と駆け抜ける。やがて30分ぐらいすると、フロントガラス越しに、夢にまで見た「GIUSEPPE
MEAZZA(ジュゼッペ・メアッツァ)」が、遂にその美しい姿を現した。
我がMILAN(INTERもだが)のホームスタジアムであり、1990年W杯イタリア大会・決勝の地。SerieAを見るようになってから10年以上が過ぎ、何度何度もTVで見た、あの「DERBY
DELLA MADONINA(聖母のダービー)」の舞台。
ここへ遂にやって来た。万感の想いが胸にこみ上げてくる…。
やがてタクシーは南側(トラム側)の道路脇に停車し、「22,000リラ」を払ってタクシーを降りた。と、同時に「チケット持ってる?(多分そう言ってる)」と言いながら、数人のダフ屋のあんちゃんたちに囲まれた。イキナリの先制攻撃だった。
「ちょっとは心の準備をさせろよ(笑)」
と思いつつも、どうせ避けては通れない道なんだし、コレを乗り越えない事には、せっかく来たメアッツァを満喫する事も叶わないのだからと、一人のダフ屋のあんちゃんと交渉に雪崩れ込んだ。
「3,000!3,000!(英語で)」とダフ屋のあんちゃんはしきりに繰り返す。「3,000?安いな?」という思いが頭をよぎる。事前に調べた欧州CLのチケット代では、最も安い3階CURVA席でも「21,000リラ」したはずだ。「ケタがおかしい…」そう思い、ダフ屋のあんちゃんも何かに書きたそうにしているので、事前にMILANのサイトからプリントアウトした「メアッツァのスタジアム座席表」に、交渉で使えそうな単語を羅列した紙を取り出すと、ダフ屋のあんちゃんは、待ってましたとばかりに、この紙の空きスペースにグリグリと数字を書き殴った。そして、そこに書かれた数字は、
「300,000!」
そう、「3,000リラ」ではなく「300,000リラ」だったのだ!ちなみにその席はというと、メインスタンドの3階。これがメインスタンドの2階になると1枚「500,000リラ」だという。
「おいおい、ちょっと待て…」
欧州CLのメイン3階の定価が「28,000リラ前後」だというのを知っていただけに、あまりのボッタクリぶりに驚きながらも、とりあえず、「高すぎて話しにならない」といった素振りをみせる。金額的に払えない額ではないが、帰りのタクシー代金なんかを考えると、ここでの出費はなるべく抑えたい。そもそも、当初の予算は1枚「200,000リラ」。これは、メインスタンドの1階「ROSSO(赤)」が最も高価な「210,000リラ」なのだが、自分的にはどの席もこの席と同じぐらい価値があると思っていたからと、チケットを確保しないで観戦にきているのだから、それぐらいの出費は覚悟の上、ということ…。
買う気がまったくない訳ではない。というのをチラつかせながら、ダフ屋のあんちゃんにチケットの席の場所を詳しく訊いてみると、ダフ屋のあんちゃんもメアッツァの見取り図を持ってたようで、それを広げようとしたが、さっき自分がチケット代を書き殴った紙が、じつは「見取り図だった」というのに気付く(さっきの段階では、この紙は半分に折りたたまっていた)と、「お客さん、準備いいね」といった風な笑いを浮かべて、それをポケットにしまい込んだ。ただ、この紙を見たダフ屋のあんちゃんにしてみれば、「あんまりヘタなことは言えないな」と思ったかもしれない。
その見取り図で、チケットの席を確認すると、メイン3階の「ど真中」の最後方ブロックの「最前列」らしい。席としては、見易いようだし、もともと2階か3階で見たかったので、気持ち的にはかなり「買い」な状態。
ただ、2枚で「600,000リラ」のチケット。これはとにかく値切るしかない!と思い、2枚で「400,000リラ」にしてくれと、さっきの紙に金額を書く。するとダフ屋のあんちゃんは、「4」の上に「5」を濃〜く重ね書きして、2枚で「500,000リラ」なら売るという。それじゃあ高すぎる!とゴネると、ダフ屋のあんちゃんは「今日のチケットは売り切れだよ〜もう買えないんだよ〜」って感じでおどけてみせ、まったく開く気配がない「チケット売り場」を指差す。しまいには、ダフ屋仲間のおっさんが現れて、あんちゃん手持ちのチケットから2枚をさらっていくと、あんちゃんが「ほ〜ら、あと2枚しか残ってないよ〜」といった小芝居までやらかす始末。このダフ屋軍団の見事なコンビネーションには、「さすがオペラの本場」などと素直に感心されられたが、だからといって、この値段ではまだ買えない(笑)
しばらく高い高い!を連発したあと、2枚で「450,000リラ」にしてくれといい、これに対してダフ屋のあんちゃんが「480,000リラ」でどうだ?といってきたので、「しょうがないか」ということで交渉成立。もともとの予算が「400,000リラ」だったので、「80,000リラ」ぐらいはまぁしょうがないか…という感じ。おもしろい見世物も見せてもらったことだし…。この間およそ30分。ただ、この程度の値切り方だと、やっぱ日本人は「チョロイ」と思われてるかもしれないので、その点については正直申し訳ない(笑)。時差ボケ全開で思考能力が鈍った頭では、これが限界でした…。もし、ご自身でイタリア行き、ダフ屋からチケットを買う際には、もう少し時間をかけて粘りまくればもっと値切れるとは思います…。
ひとまず交渉が成立したということで、いまにも小躍りしそうなダフ屋のあんちゃんからチケット受取ると、ここで最後のチェック。そう、このチケットが本物かどうか?ということ。事前に調べた、よくある偽造チケットの手口として、違う「試合日」の違う「対戦相手」のチケットを用意し、そこに記載された「試合日」と「対戦相手」を書き換える。というのがあるらしい。ただ、この方法は、もともと書かれていた「試合日」や「対戦相手」を一度削ってから、その上に新たに「試合日」と「対戦相手」を印字しなければならず、どうしても書き換えた部分が「薄く」なってしまうので、よ〜く見るとすぐわかるらしい。
ということで、このチケットも、太陽によ〜く透かして見てみる。が、そんな形跡はまったくない。見た目もキッチリしたものだし、たぶん大丈夫そう。ただ、本物を一度も見たことがないので、これが偽造とかそういうものじゃなく、もともと存在すらしない「純粋なニセモノ(例えば子供銀行のお金みたいに)」だったとしたら…という恐れはある。そこで、ダフ屋のあんちゃんに「これ、本物だろうね?」と訊いてみる。するとダフ屋のあんちゃんは、ほとんどすがるような目をして「本物だって!」と言う。せっかくの大もうけのチャンスを潰してなるものか!と思っているのだろう。こちらが何度も「本物?」と訊くと、ダフ屋のあんちゃんは何を思ったか、ポケットから手帳を取り出して二つに広げると、コレを見てくれよ!とばかりに手帳をこちらに突き出してきた。
その手帳にはあったのは、なにかはまったく分からないが、身分証明?らしい、免許証サイズの証明書と、幸せそうな家族の写真。
ダフ屋のあんちゃんは、この手帳を広げたまま、まずは身分証明?を指差して「俺はこういう人間だから」というのを必死に説明しだし、次に家族の写真を指差して、「俺には奥さんと子供がいるんだ」というのを、これまた必死に説明している。
証明書に関しては、幾ら説明されてもそれがなんのIDか分からない。間違っても、公認ダフ屋?の証明書ではないだろう(笑)から、何の説得力も感じなかったが、写真の方はというと、どうやら「奥さんと子供に誓って、このチケットは本物だ」ということらしい…。
「おもしろいこと言うなぁ」なんて思いつつ、結局はその必死さに押し切られてチケット代を渡してしまった。
もう満面の笑顔で握手を求てくるダフ屋のあんちゃん。そして、こちらがそれに応じてがっちりと握手を交わすと、唐突に「あんたはミラニスタなのか?」と訊いてきた。「お!いいこと訊いてくれるねぇ」なんて思いつつ、シャツの下に着込んだ「ROSSO
NERO」のレプリカをちらつかせる。それを見たダフ屋のあんちゃんは「おお〜っ」と小さな歓声をあげたが、このレプリカがまさか「コンサレプリカ」だったとは知る由もない(笑)
「あんたもミラニスタなのか?」と今度はこちらが訊くと、ダフ屋のあんちゃんは小さく首を振り「NAPORI!NAPORI!」と言って、子供のように目を輝かせる。そして次にダフ屋のあんちゃんの口から飛び出したのは「マラドーナ!マラドーナ!」。やはり、NAPORIにスクデットをもたらした彼は、未だにNAPORIの英雄なんだろう。
ただ、ここでもし、僕がもっとイタリア語を流暢に操れたら、「その”ディエゴ”の弟”ウーゴ”がかつてウチのチームいて、彼もまた僕らをリーグ優勝に導いてくれた」と語って聞かせ、おそらくはダフ屋のあんちゃんと「この話題」でもっと盛りあがっただろうなぁと思うと、なんだかすごく悔しかった…。次来る時にはイタリア語を猛勉強してきてやる!と誓う(笑)
さてさて、30分ほど続いたダフ屋のあんちゃんとのチケット交渉を終え、時計は夕方の6時半をちょっと回ったところ。ただ、この時間になっても夕方という感じはあまりなく、まだまだ十分昼間な感じが残るメアッツァをいよいよ堪能することができる!
トラム側(CURVA SUD側)の敷地内を、ガスホーンが鳴り響くなか、首が痛くなるほど高いメアッツァを見上げながら歩くと、左手にグッズの屋台がたくさん出ていて結構な賑わいをみせている。ここでも、「SCIARPA(マフラー)」なんかに手が出そうになるが、前述と同じ理由で必死に我慢する。が、これまた前述と同じく、ROMAで買ってしまった(笑)
開場が何時になるのかハッキリとしないので、それまでの間、ここトラム側の歩道に腰を降ろして、しばらく様子をみることにした。
と、チケットを無事に入手できた安堵感と、これまでの緊張感と疲労感、そして時差ボケ(MILANO夜7時=SAPPORO深夜3時)が一緒くたになったものが一気に襲い掛かってきて、なんともだる〜い感じに包まれだす身体。
この頃になると、空もようやくオレンジ色に染まり始め、この雰囲気がだる〜い身体に追い討ちをかける…。
どれぐらい二人でぼ〜っとしただろうか、夜の帳はすぐそこまで迫っていて、メアッツァの周辺には、仕事帰りのTIFOSIがぞくぞくと押し寄せてきていた。何ヶ所もある入場ゲートには開場を待ちきれないTIFOSIたちが長い列を作り、それにあわせて周辺の警備も厳しいものになっていく。
人、人、人・・・。
80,000超の観衆が予想されるこの試合。そんななか、どこを見渡しても日本人はおろかアジア系のTIFOSIは一人も見当たらない。イタリアに着て2日目。まだ、自分の「身の置き場」が曖昧で、疎外感というのとはちょっと違うが、「どこにいていいか解らない」ような感覚に苛まれながら、いよいよメアッツァへ潜入を試みる時刻となった。
開場時刻となり、入場口に押し寄せていたTIFOSIの列が一斉にメアッツァの懐に消えていく。
ちょっと遅れて僕らもその列に並んだのだが、入場口が近づくにつれて、さっきダフ屋のあんちゃんから買ったチケットは果たして本物なのか?という不安が頭をよぎる。やがて、入場口で厳重な手荷物検査とボディチェックが行なわれているのが目に入り、チケットに関してはなにやら「青白いライト」を当てて、チケットが本物がどうかを調べている。どうやらチケットには「ホログラム効果」があるようで、かなり念入りにチェックされている客もいる。
ホントに入場できるのか?という不安は頂点へ!
と、いろんな意味で気合を入れてみたものの、僕らは「青白いライト」でのチケットチェックもなければ、手荷物検査もボディチェックもなし。日本人は、安全?ということなのか、ほとんどフリーで入場口を通過した。見事なまでに拍子抜け(笑)
かくして、遂にメアッツァ内部に潜入だ。まず、スタジアムの四隅にある巨大な円柱に設けられた、カーリーヘアのようなぐるぐる巻きの通路を、ただひたすらに登る。チケットの席は3階なので、かなりの時間登り続ける。どれぐらいかかっただろうか(10分はかかったような)?3階に到達する頃には、汗だくになってしまった。
「・・・・・・・!」
・・・もう言葉になりません。
・・・夢にまで見た、ジュゼッペ・メアッツァ。
85,700ものTIFOSIを飲み込む「サッカーのオペラハウス」の名に恥じない気品。CURVAに殺到したULTRASたちの吹き鳴らす、試合を待ちきれない「ガスホーン」の音色が芸術的な形状をした天蓋で反響するから、尚の事そう感じるのかもしれない。
3階スタンドから見下ろす青々とした芝は、あの悪名高いピッチとは思えず、スタンドも1926年に建設(3階部分は、1990年のW杯開催時に増設)されたとは思えないほどキレイなものだった。
ただ、そのスケールたるや、これこそは思い描いていた想像をまったく裏切らないものだった。単純計算で、厚別が縦に4段積み重なったようなもの。生まれてこの方、こんなに大きな「入れ物」は見たことがなく、ここに比べれば、あの「横国」でさえ翳んでしまう…。
そして、なんともいえない「空気感」がそこにはあった。永い永い歴史のなかで、あまりに多くのCALCIATOREとTIFOSIの喜怒哀楽が染み込んだ、ここにしかないここだけのもの…。積み重ねられた「歴史」。というものに触れたような気がした…。
日本のスタジアムがこれと同じものを手にするには、あと70年もの歳月が必要だということか…。
ひとしきり感動を味わったあとは、軽く腹ごしらえ。ということで、さっき登ってきた円柱の最上部にあるBARで、「PANINI・パニーニ(MACのソーセージマックマフィンのソーセージがないようなモノ)」とコーラを買い、チケットに記載された席を探した。
まだ開場から間もないので、席はなんなく見つけることができ、確かに最前列だったその席に、どっかと腰を降ろした。そして、PANINIを頬張りながら、欧州CL出場チームの証である、センターサークルを覆う「サッカーボール」を見つめる…。
と、この時間を利用して、あの「野望」の決行を試みる。とは、「コンサレプリカ」での記念撮影だ。
さすがに「サッポロビール」がプリントされた「ROSSO NERO」を見たミラニスタからは「おおっ!」という、どよめきが起こったが、こちらが「CIAO!(チャオ)」というと、彼らもそれに「CIAO!」といって応えてくれた。かな〜り、もの珍しそうな顔はしていたが(笑)
さて、ここで改めてスタンドをぐるりと見渡すと、やはりこれは厚別やドーム同様、CURVAから埋まっていく。特に人気が高く、世のULTRASの原型と謳われる「FOSSA
DEI LEONI」の本拠地でもある、2階の「CURVA SUD」はもうパンパンに膨れ上がっていて、試合開始を待ち切れないULTRASたちの振り回す大旗や、高々と掲げられたゲート旗が十重二十重の賑わいを見せている。そんななかでも、ちょうどCURVAのど真ん中あたりで掲げられた「シェバ(シェフチェンコ)」のゲート旗はとんでもなく巨大だった。おそらく、畳1枚分はあるのでは?というほど…。
しばらくすると、この試合の審判団がピッチに登場し、入念にアップを始めた。Jでも昨年、研修に来ていたシュタルク主審がドームでの清水戦時に同じように試合前、ピッチでアップをしていたが、それ以外ではほとんど見たことがない。今日のゲームは、審判団にとっても気合が入るゲームには違いない。
試合開始までもうすぐ30分。
この頃になると、両CURVAは殆ど満杯。2階のCURVA SUDを中心に、お馴染みのコールが連呼され、地響きを伴う手拍子とサルトがメアッツァを包み込む。これに呼応するかのように、スタジアムのボルテージが徐々に高まっていく。CURVAで掲げられる「DIAVOLO」と書かれたゲート旗も、シェバの祖国「ウクライナ国旗」の大旗も一段と多くなっている。この時点からULTRASの戦いは始まっているのだ。
ちなみにBARCELONAのTIFOSIたちは、CURVA NORDのホームスタンド側の一角に設けられた「檻」に閉じ込められ、その境界線には武装した警備員がずらりと並ぶ。これはこれで凄い光景だ。
こんな異様な熱気と興奮に、かなりボケボケが進行した頭(日本時間=朝4時30分)にも、アドレナリンが再び分泌するのがわかる。しかも、入場時にかいた汗がすっかり引き、3階のないバックスタンドから冷た〜いが吹きつけると、身体も徐々に冷えてきた。これでなおさら、意識レベルが高くなる。
そして聞こえてきた「俺たちの誇り 赤黒の勇者」の原曲。なんて唄っているのかは皆目見当もつかないが、
「う〜ん。やっぱり来て良かった…」
などど感慨に耽っていると、突如BARCELONAの選手たちがピッチ練習の為に登場。
CURVA SUDを中心に沸きあがる巨大なブーイングの嵐。まるでBARCELONAの選手たちを「圧殺」しそうな勢いだ。
そして、その凄まじいブーイングは次の瞬間、ある言葉になった。
「VAFFANCULO RIVALDO!(バッファンクーロ リバウド!)」の大合唱だ。これまた強烈!!!ちなみに「VAFFANCURO」は、日本語でいうことろの「○そったれ!」とか、英語でいうところの「○UCK
YOU!」みたいなものです。間違っても、イタリアの方には使わないように!?
この巨大なプレッシャーのなか、黙々とアップを続けるリバウド。凄いです。こんなことは日常茶飯事だとは思うんだけど、鋼の精神を持っているとしか思えません。明らかに殺気を帯びたブーイングなんですから…。これに比べたら、去年のREDS戦での「○メぞう」へのブーイングなんてかわいいモンです。
敵地に乗り込んできたBARCELONAの選手たち。プティもセルジもアルフォンソもいる・・・ああ〜っ!クライフェルトがいない!と、いささかガッカリしながらも、いつになったら、我がMILANの選手たちはピッチ練習に姿を現すのかなぁ?と、ピッチを眺めていたのだが、試合開始15分前になってもMILANの選手たちはピッチに姿を現さない。どうやら、既にアップを終えているのだろう。そういえば、開場前にメアッツァ内部から「おお〜っ!」という歓声があがっていたことがあって、「まだ開場前なのに?」と思った事を思い出していた。ドームのようにダンマク貼りの為とかで、一部のULTRASはメアッツァ内部にいたということか?
やがて試合開始10分前となり、BARCELONAの選手たちがピッチ練習を終えると、お待ちかねのスタメン発表である。先はもちろんBARCELONAからで、プティやリバウドの名がアナウンスされるたび、ここでも巨大なブーイングがお見舞いされる。
続いてはいよいよMILANの選手。守護神のアッピアーティに始まり、マルディーニ率いる最終ラインの選手たち。中盤のアルベルティーニ、ガットゥーゾ、ココらAZZURRIでもお馴染みの面々。そして豪華FW陣はシドニー五輪でも活躍した次代のエース「ホセマリ」。そして、熱きゲルマン魂の勇、ドイツ代表主将「ビアホフ」と、この日最大の歓声が贈られたウクライナのスーパーエース「シェフチェンコ」の二人である。ただ、この時点ではまさかこの二人が翌年、2002W杯欧州予選プレーオフで死闘を繰り広げることになろうとは、夢にも思わなかった…。
彼らの名がアナウンスされるたびに鳴り響いた、男たちの野太い雄叫びは、スタジアムの空気を熱く、そして張り詰めたものに変えていく。
そして、MILAN!MILAN!の大合唱。こればかりは、CURVAばかりではなく、スタジアム全体が雄叫びを上げた。
全身が総毛立つ感覚。全身を突き抜ける歓喜。
なによりも熱く、なによりも激しく、そしてなにりも温かいMILAN!MILAN!の大合唱。MILANが好きで好きでたまらない!という思いがビシビシと伝わってくる。CALCIOではチーム愛よりも勝利至上主義が強すぎる。という声もあるが、決してそんなことはない。ここの集まったミラニスタは間違いなく、MILANが大好きなんだ。だから勝って欲しいと願う。確かにMILANのようなビッグ6は常にスクデットを狙う義務があるから、サポートが勝利至上に傾くこともあるだろう。それでも彼らTIFOSIの根底にあるのはチームへの限りない愛と、なによりもCALCIOを愛する気持ちに満ちている…。
ここメアツッァも例外ではない。メインもバックもすべてが一体。スタジアム全体がMILANというクラブへの愛情に満ち満ちていた。そのあまりの迫力とクラブへの深い愛情を感じた時、溢れそうな涙を必死にこらえる自分がいた……。
極限に達した試合前の緊張感と、それに負けないほどのワクワクした気持ちと、これまでに感じたことのない感動とが一緒くたになった不思議な感覚に包まれたまま、遂にMILANとBARCELONAの両選手がピッチへ入場してきた!
意識が飛びそうになるほどの大歓声とガスホーンが響き渡り、正面バックスタンドの巨大ビジョンに両選手が大写しになっていく。おそらく世界中へ配信されているライブショットなんだろう。
FOSSA DEI LEONIの本拠地、CURVA SUDではMILANのエンブレムをモチーフにした巨大なダンマクが登場し、CURVA NORDではとんでもない数の発煙筒が焚かれてスタンドが真っ赤に染まっている。これぞメアッツァ!といった壮大な風景。もしこれがDERBYだったらどうなっちゃうんだろうか…。
この両CURVAが創りだす熱狂的なサポートの世界は、メアッツァを圧倒的なホームの雰囲気で包み込み、MILANの選手には限りなく沸きあがる闘志を、BARCELONAの選手には果てることない恐怖を与える。
これがホントの意味での「ホームスタジアム」なんだと思い知らされた瞬間。強国の選手たちが、各国のリ−グ戦や代表の試合において、たとえどんな「アウェー」でもベストなパフォーマンスを発揮できる理由がコレだ。日本代表がアウェーでいつも「雰囲気に呑まれた…」とか甘っちょろい事を言ってる理由もコレだ。
こんなミラニスタにしてみれば最高に居心地にいい雰囲気の中、普段はTVでしか見ることのないスーパースター達の試合が始まろうとしていた。
と、そこに、「そこ空いてますか!」という耳慣れた日本語が飛び込んできた。真下を見ると、通路にはバックパックを背負った日本人青年が二人、こっちを見上げている。それが、今日ここで出会った唯一の日本人だった。
階段にもTIFOSIが鈴なりで、ずいぶんと通りにくくなっていたので、空いていた隣の席(というか、こっちでは、必ずしもチケットの席どうりに座らないものらしい。ちゃんと自分の席はあるのだが、空いている席の方がよければそっちに座ってしまう。だから、本来その席に座る人来たら、席を譲る。といった具合。実際、僕らがメアッツァに入ったのは開場間もなくだったのだが、その時と試合開始直前では、周りの観客の顔ぶれがほとんど変わってしまっていた(笑)に彼らを引っ張り上げ終わる頃には、試合開始が直前にまで迫っていた。
そして、午後8時45分。日本時間=翌朝4時45分。
地鳴りのような大歓声を切り裂くように、試合開始の笛は鳴った。
序盤から激しいボールの奪い合い。ピッチの状態も、それほど悪くはなさそうで、恐ろしいほどのパススピードでボールが自陣と敵陣を行き来していく。どちらがまず主導権を握るのかと思った矢先、まずはいい位置でBARCELONAにFKのチャンス。もちろん蹴るのは、リバウドだ。固唾を飲むメアッツァ。そして、巨大なプレッシャー与えるメアッツァ。
しかし、こんな状況下でも、彼の足から放たれたボールはMILANが築いた壁を突き抜け、あっという間に先制点を奪ってしまった。
「あ"〜〜〜〜〜〜〜っ!?」という声にならない雄叫びを上げながら、両手で頭を抱えるミラニスタたち。80,000人の奏でる溜息である。溜息なのに凄い迫力…。
ただ、MILANもここで黙ってはいない。
その僅か数分後、今度はMILANのアルベルティーニが豪快に同点ゴールを叩き込む。さっきまでの落胆ぶりが嘘のように、今度は狂喜乱舞するミラニスタたち。CURVA
NORDでは再び数多くの発煙筒が焚かれ、あれだけ厳重に見えた入場ゲートでの所持品検査はなんだったのか?不思議?
これで勢いに乗った我がMILANは、その後アルベルティーニが逆転弾を叩き出し、前半終了間際にはホセマリのゴールも決まって「3−1」と、快勝モードへ突入していった。もう「勝ち」を確信したかのような盛りあがりを見せるメアッツァ。もう「お祭り騒ぎ」だ。
そして、僕らもミラニスタとして、この「お祭り騒ぎ」を心の底から味わいながら、メアッツァをあとにすることにした。
MILANO午後9時30分=SAPPORO翌朝5時30分。
そろそろ時差ボケと疲労からくる身体のだるさが限界だったのと、このまま試合終了まで見て夜11時過ぎに外をふらつくのもちょっと怖かったので、TIFOSIの帰宅の波に飲み込まれないように、ここは涙をのんで前半終了をもって観戦を終えることにしたのだ。
歓声が鳴り止まないメアッツァを背に、スタジアムに隣接したBARでタクシーを呼んで貰った。
そこのお姉さんがとても良い人で、なかなか電話に出ないタクシー会社(たぶん5分は待ってたと思う。イタリアってみんなこうなのか?)に諦めもせず、じっと我慢で呼び鈴を鳴らし続け、メアッツァ前までタクシーを手配してくれた。
お礼にチップをあげたらすごく喜んでくれたので、なんだかこっちまで嬉しくなった。また、このお姉さんだけじゃなくて、イタリアの人は「いいひと」が多いような気がした。なんといっても陽気だし…。
ちなみに、メアッツァからホテルまでは60,000リラぐらいだった。お金が足りたのでほっとしたのも束の間、部屋に戻ってTVをつけたら試合終了間際だったんだけど、「3−3」の同点になっててビックリだった…。
あのまま試合を最後まで見てたら、メアッツァはかなり雰囲気悪くなってたに違いない。前半で帰ってきて正解か…。
翌日のGAZETTA DELLO SPORT(ガゼッタ・デロ・スポルト=MILANOが本社なので当然MILANびいき)のトップは当然、ハットトリックのリバウド!ぢゃなくって、2得点のアルベルティーニでした。わかりやすっ…。
今回のメアッツァ生観戦。チケットがなくて、現地に着くまでホントに見れるのか?とか心配したけど、とにかく見れて、本場のCLCIOに触れることができてサイコーに幸せだった。この日のことは、今後サッカーを見続けていくという事において、そしてコンサを応援し続けるという事において、凄く大きな転換点になったと思う。
サッカーを愛する事。コンサというチームを愛する事。サッカー観が変わった1日だった。
いつかまたあの場所へ………。

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