〜観戦日記〜番外編

FIFA コンフェデレーションズカップ2001 決勝戦
6月10日 日本代表 vs フランス代表
「夢と現実」

 コンフェデ2001。
 この大会の大会方式とスケジュールが正式発表となり、参加国も同時に決定した。この時点で、この大会の「決勝戦」は「フランスvsブラジル」になるものと思い込み、フランスW杯以来の対戦となる「このビッグカード目当てに」チケットを購入した。
 それがなんと、日本代表の大活躍で「日本vsフランス」という夢のカードが実現。
 今回ここでは、この「夢の対戦」の「観戦日記」を掲載致しますが、ここでは「観戦」に的を絞って書き進めます。「コンフェデ総括とこぼれ話」はコラムに掲載予定ですので、よろしかったらこちらも合わせてご覧下さい。

 2002年FIFAワールドカップの決勝の地「横浜国際総合競技場(以下、横国)」は、JR新横浜駅から「歩いて15分」ほどのところにある巨大建築物だ。 横国&コンフェデチケット
 新横浜駅の「崎陽軒(横浜といえば、やはりココ)」の売店で弁当を買いコンコースを出る。するとまず、代表レプリカに身を包んだ大勢のサポーターたちと、チケットの席種に応じた横国までの順路を示す看板が、目に飛び込んでくる。この看板での誘導は、W杯本大会での予行練習だろう。W杯のチケット申し込み用紙に記入した「サポートチームコード」を基に席種を色分けする事で、会場までの順路で敵対するサポーター同士が衝突するのを未然に防ぐのが目的だと思う。
 順路に従って歩いていくと、凄い数のダフ屋がせっせと商売している。ちょっと、しつっこいのがなんとも・・・。また、これらに混じって「チケット譲って下さい」という紙を広げたチケット難民も多数いて、決勝戦のチケットがプラチナペーパー化しているということを、実感させられた。途中「スターバックス(通称、スタバ。最近、札幌にも出来たらしいが激混みらしくまだ行ってない)」でコーヒーとスコーンを買って、更に歩くと、横国は遂にその巨大な姿を現した。
 とにかくデカイ。地上7階建ての多層構造で、最大収容人数は70000人である。ココに来るのは、昨年のシドニーオリンピック予選リーグ、「日本代表vsスロバキア代表」での、クローズドサーキット以来になる。あの時は、大型ビジョンに映し出されるTV中継を見つめての応援だったが、この日は違う。目の前のピッチで、世界一を決める熱い戦いが繰り広げられるのだ。それを思うと、一歩また一歩と横国が近づくに連れて、身体中の血液がふつふつと沸騰していく感覚に襲われた。 
 到着時間は16時20分。ゲート付近には代表レプリカ軍団がたむろしていて、まだ開場していないのかと思ったが、既に開場していた。まず、最初のゲートでチケットを見せ、このゲートから入場していいか確認される。次のゲートでチケットをもぎられ、すぐさま持ち物検査。カバンの中を入念に調べた後は、金属探知機を使ってのボディーチェックと、いやはや「厳重警備」である。これも、W杯本大会用の警備なんだろう。
 いよいよ競技場に足を踏み入れ、まずは7階へと階段を上がっていく。スタンドへの入口もチケットごとに細かく振り分けられ、他の入口からはスタンドに入場できないことになっている。ここも徹底されている。
 そして、入場。
 眼下に広がる緑の芝は美しく、豪雨の中で行なわれた準決勝の後遺症など、微塵も感じられない最高の状態を保っていた。ちなみに、僕らの席は2階アウェー側のゴール裏(正式名・カテゴリー3)のバックスタンド寄り。ピッチが斜め40度ぐらいで見える、ピッチ全体を見渡すには最高の場所ともいえた。
 とりあえず席に腰を降ろすと、ちょうどピッチでは、2面を使って小学生たちのサッカーの試合が始まった。
 こんな日に、代表と同じピッチに立ち、この競技場でサッカーが出来るなんて、幸せだなぁと思った。厚別や札幌ドームでも、前座にこういうサッカー少年たちの試合が組まれればいいのになぁとも思った。
 さて、スタンドへの入口が限られているということは、自分のブロック以外には基本的に入る事が出来ず、黄色いスタッフジャンバーを着たボランティアも、厳しい目を光らせている。従って、今回掲載した画像のアングルがほぼ同じなんですね。 
 サッカー少年たちの試合を眺めながら、買ってきた弁当を頬張り、時間は静かに過ぎていく。やがて、サッカー少年たちの試合も終わり、試合開始までちょうど1時間となった時、それまで「耐えに耐えていた」空が、遂に泣き出した。
またもや雨
 あの準決勝を思わせる集中豪雨。雨に煙ってピッチが見えにくくなる程の雨だったが、僕らのいた席には屋根があり、足元がぎりぎり塗れる程度で済んだ。ただ、1階席と2階席の前方の席のサポーターは慌ててカッパを着込んだり、屋根がある場所へと一時避難したりと、大変そうだった。
 やがて、両チームがピッチ練習に姿を現し、横国が大歓声に包まれても、雨は降り続いた。
 日本代表はホーム側でアップを開始した。すぐさま、赤いビブスを着込んだ選手を会場で買ったオペラグラス(本体にコンフェデのステッカーが貼ってあるものの、造りは物凄くお粗末)で確認する。するとなんか変だ。左サイドハーフがいない・・・。
 暫く考える・・・と、伸ちゃんが左サイドハーフで、モリシがトップ下、アキの1トップで、3ボランチである事が判明。
 裏切られた。正直そう思った。
 トルシエは今大会、常に攻めの布陣を敷いてきた。それなのに、この決勝戦にきて、「3ボランチ」である。予選リーグと決勝トーナメントで得た経験値をベースに、日本代表は戦って欲しかった。
 会場でもスタメンの発表があり、正式に3ボランチである事が判明。会場中がにわかにざわめき始めた。試合開始まで30分を切り、「ウルトラ・ニッポン」のメンバーたちが配っていた「青い風船」を膨らませながら、試合開始の瞬間を待つ。
ウルトラダンマク
 いよいよ始まるという緊張感。いつのまにか超満員に膨れ上がった横国のスタンド。そして、試合開始を待っていたかのように降り止んだ豪雨。選手を鼓舞するサポートも徐々にヒートアップし、アウェー側中央に陣取る「ウルトラニッポン」の巨大ダンマクも登場。ホーム側にいたであろう「J連」も日の丸ダンマクを披露し、さながら応援合戦を繰り広げる。ちなみに僕らの位置は、立って応援するには「怒られそう」な位置だった為、ここは割り切って「座ってコール」に没頭。ニッポンコール、選手たちの個人コールが延々と続き、なんとも言えない高揚した気分に。そして、何を隠そう、隣に座るウチの「あんちゃん(横浜在住、マリノスサポ)」。「ヨシカツコール」になると、とんでもなくデカイ声を出す。ちょっとビビる。でも、もしこの場に「洋平」がいたなら、僕も「とんでもなく、ばかデカイ声」出すんだろうなぁ・・・と思う。
 この大歓声に包まれて、選手たちが再び登場。
 続いて、国歌斉唱。 
 フランス国歌に続いて、日本国歌が流れる。大型ビジョンに映る選手たちを見つめながら、僕も「君が代」を斉唱。言葉では表せない程、痛烈な「ナショナリズム」を感じる。自分が「日本人」であることを誇りに思える、特別な瞬間。Jリーグの試合では絶対味わえない、「国vs国」の威信を懸けた戦いへの序章。
 さあ、準備は整った。いざ、決戦へ。

 ピッチに選手たちが散った。日本代表は「シャツ・パンツ・ソックス」すべてがブルー。フランス代表はその逆で、すべてがホワイトに包まれていた。コイントスが行なわれ、ハーフウェアラインを挟んで「青と白」が綺麗に色分けされた。
 そして、この大歓声を突き破るように、試合開始の笛が鳴った。
 試合開始直後は両チームとも静かな立ちあがり。フランスは、日本がどういったディフェンスでくるのか見ている感じ。その日本は、基本的には「フラット5」だが、スペイン戦同様、最終ラインをなんとか「高い位置」まで押し上げようと、必死になっていた。攻撃の基点は、完全に左サイドの伸ちゃん。前線に出たボールは、すべて伸ちゃんに渡ったといってもいい程、良くボールが集まっていた。また、ここで特筆すべきは、イナの動き。彼は当然ボランチだが、この試合は「3ボランチ」を採用した為、ボールを奪って攻撃に転ずる際、ボランチ3人の内の誰かが攻撃に参加しなければ、攻撃オプションもコマも足らくなる。そこで、この役目を担ったのが、イナだった。
 ただ、彼は疲れていた。それはスタンドから見ていても明らかだった。それでもイナは、味方が攻撃に転じると、積極的に前に上がっていった。伸ちゃんが左から崩そうとしている時には、必ずモリシのすぐ後まで上がり、時にはモリシを追い越してアキの所まで突撃していた。とにかくがむしゃらで、必死さが伝わってくるタフなプレーだった。
 正直これが「フラット5」の進化型の攻撃か?と思わせてくれた、イナのプレーだったが、付け焼刃の攻撃が通用するほど、フランスは甘くはなかった。
 序盤、日本のディフェンスを観察していたフランスだったが、日本が「フラット5」を敷いてきたのを確認すると、あきらかに「この守備」を研究し、これに対応した攻撃を開始。日本の「フラット5」の裏めがけ、オフサイド覚悟でスルーパスとロビングを何度となく放り込み、2列目・3列目の選手がトップスピードのまま突進、これを突き崩そうとしてきた。
 最初はなんとかしのいでいた日本だったが、次第に裏を取られることが多くなり、最終ラインもずるずると下がり始めた。これに引きずられる「両サイドハーフ」は翼をもがれ、攻撃オプションは激減。スペイン戦時のように、真ん中でボールをキープしてくれる「中田ヒデ」的役割をこなす選手がいないこの日は、たとえボールを奪っても、攻撃の糸口が掴めない。アキまでは距離が開きすぎ、モリシが一人で前線までボールを運ぶのは不可能。事実上、攻め手ナシ。
 守りに入って「じり貧状態」の日本に、フランスの猛攻が始まった。ヨシカツはこの日もファインセーブを連発し、ディフェンス陣も総力をあげて守ったが、前半30分、これまた「フラット5」の後方にフワリとあがったロビングに、かなり後から走り込んでいったビエラが、パンチングにいったヨシカツより一瞬早くボールにさわり、そのボールは無人のゴールへと消えていった。
 「あ〜〜〜〜〜っ」
 という、長い溜息が横国を包み、しばし沈黙。僕らの後方に陣取った、フランス国旗をフェイスペイントしたフランスのあんちゃん達だけは狂喜乱舞のお祭り騒ぎ。試合前から賑やかだったが、この瞬間はさらに賑やかだった。
 「○るせ〜っ!」とか「○えれっ!○ケッ!」とか、ボロクソに言われても、必死で応援する彼ら。こんな「日本人だらけ」の場所で、あれだけ騒げて、それはそれで偉いなぁ、と思うと同時に、もし彼らが「日本語」分かったら、大乱闘になるな・・・とも思った。
 横国のピッチさて、試合の方だが、正直この時点で「勝負あり」の状態だったように思う。
 まず、日本の選手たちはこの1点で完全に「ビビッて」しまった。追加失点を恐れず攻撃的に行く、という姿勢がまったく見られず、逆に守りに入ってしまった。中田ヒデのような「攻撃の要」となる選手がいなかった為と考えられるが、ここはトルシエにきっちとケアーして欲しかった。例えばゴンを投入して士気を高めるとか、なんらかのアクションを起こして欲しかった。
 完全に攻め気を失った日本はパスの出しどころさえなく、右に左にと横パスを出すばかりで、時間だけが静かに過ぎていった。結局1失点の後の15分間、なにもしないまま無駄な時間を過ごし、前半終了。まったく応援のしがいがない、「のれんに腕押し」的な、お寒い内容だった。
 ハーフタイム。あちこちで「伸ちゃんトップ下、アツ左サイドハーフ」待望論が噴出。
 そして後半、サポーターの声が届いたのか、アツ投入。
 待ってましたとばかりに、大歓声に包まれる横国。はっきり言って、スタートから、もしくは1点取られた直後にこういう手を打って欲しかった。それと、再び「デカイ声」で「アツヒロコール」のウチのあんちゃん。う〜ん、1969に移っても、アツを応援する心意気や良し。
 ただ、その交代要員がイナだったのが、釈然としない。確かに疲れていたように見えたが、疲れながらも必死にボールを追う、イナのような選手はこういうタフな試合には絶対不可欠で、ちょっと采配に?が・・・。
 いよいよトップ下には背番号21が陣取り、後半の活躍を期待せずにはいられなかった。
 そして後半のスタート。日本はフレッシュなアツを攻撃に起点に据え、左サイドを崩しに掛かる。アツも何度か「プチ見せ場」をったが、決定的な形まではもって行けない。トルシエはアツを何度もベンチサイドまで呼びつけ指示を与えていたが、特に目立った効果はない。
 そうこうしているうちに、時間だけがダラダラと流れ、後半の15分。なんと、伸ちゃんに代えて、久保投入。これには横国のサポ全員が???な状態だったに違いない。実際、あっちこっちで、「ナニ考えてんだ?」という声が漏れていた。
 ゲームメイカーがいなくなった日本は、再び攻撃攻め手を欠き、点を獲れる気配さえしなくなってきた。アツも何度が突破を試みたが、伸ちゃん不在で、誰も真ん中でディフェンダーを引っぱってくれなくなった為、最終ラインの森岡からパスを貰ったところで、どうすることも出来ず、この後完全に消えてしまった。
 伸ちゃんとイナがいなくなった中盤は、誰も前に上がろうとはせず、空っぽ状態。当然ココはフランスの中盤が支配する。真ん中から、右へ左へとパスをさばかれ、なんとかクリアしたと思ったら、2列目、3列目の選手が飛び出してきて、こぼれダマをことごとくさらっていく。この後、完全に防戦一方になった日本は何度となく決定的な場面を作られたが、ヨシカツの集中力を切らさない冴え渡ったプレーと、フランスの拙攻に助けられ、かろうじて追加点を許さない。もしここで、追加点を許していたら、「5−0」になっていてもおかしくない展開だった。
 フランスのいい所だけが目立ち、日本はただ守るだけの「つまらない試合」になってきた。ウルトラもJ連も必死にコールとサルトを繰り返し、なんとか選手を奮い立たせようとするが、日本は攻め手を欠いたまま、相変わらず「攻撃」という姿勢が見えない。それでも時間だけは確実に過ぎてゆき、日本は「ジョーカー(最後の切り札)」に、最後の望みを託していた。
 動かないトルシエ。
 まだか、まだかと、横国のスタンドに集ったサポは代表ベンチを見つめる。その斜め後方のゴール裏では、ベンチに残った選手たち全員がアップをしてるのが見える。と、そこから誰かが一人、ベンチに呼ばれた。それと同時に、残りの選手たちもアップを辞め、一斉にベンチへと戻ってきた。
 交代だ。後半の29分。アキに代えて遂にゴン投入。
 「オーナカヤマ!ナカヤマ、ナカヤマ、ゴンゴール!」の大合唱が沸き起こり、この日最大の歓声と拍手が横国を包んだ。もう、ゴンしかいない。日本の命運は、ジョーカーことゴンに託された。
 そしてゴンが入ると、それまで死んでいた攻撃陣が魔法にかけられた様に息を吹き返した。ゴンにはこういう力がある。誰もが持っている力ではない。ゴンだけが持つ力。リーダーシップ、そしてキャプテンシーという力。
 しかし、残された時間はあまりにも少なかった。
 ゴン投入で確かに日本は「攻撃」という意識を取り戻したが、攻め手がない事には変わりがない。相変わらず、森岡から出たボールを右へ左へと横パスのつるべうち。残り10分を切ってからのフランスのディフェンスは完璧で、この壁を中田ヒデ、伸ちゃん、イナ抜きで、破る事は現実的に不可能だった。
 ただ、残りの10分の横国サポの一体感は素晴らしく、これもゴン効果だったのだろう。それがせめてもの救いか・・・。
 
 そして無情の笛が鳴る。
 フランス優勝。「W杯1998・ユーロ2000・コンフェデ2001」と前人未到の3冠達成。
 日本は準優勝。だが、
 あまりにふがいない戦いに、日本代表への拍手がワンテンポ遅れた。これが、この日横国に集ったサポの本音だろう。
 試合終了の笛の音の余韻が消えても、ピッチで倒れたまま起き上がる事ができないヨシカツ。確かにあの1点は悔やまれるが、例えあの1点を防げたとしても、日本の勝利はなかっただろうと思う。それに、この大会は、ヨシカツの大会だった。初戦のカナダ戦、2戦目のカメルーン戦でのスーパーセーブがなければこの結果はなかったわけで、あの微妙な判断ミスだけでヨシカツを責めることは出来ない。
 ヨシカツだけではなく、このキツイ日程の中、選手は皆よくがんばった思う。ただ、決勝に限っては、選手を上手く使いきることが出来なった監督に問題があるような気がする。
 ディフェンス陣はフランスを1失点に押さえた事でそれなりの「満足感」を感じているだろうが、オフェンス陣にとっては「消化不良だらけ」だったに違いない。中田ヒデが不在の場合のテストもままならず、フランスに対して、自分たちの攻撃がどれだけ通用するかといった手応えも得られずに、ただ「悔しい」だけが残ったのではないだろうか。まあ、この辺に関しては、今後コラムの「コンフェデ総括とこぼれ話」にまとめようと思ってます。
疲れ果てたヨシカツ
表彰式が終わり、2週間熱い戦いを繰り広げた大会は幕を閉じた。選手たちが場内をサンクスウォークし、大歓声の波もそれにつられて流れていく。やがて選手たちもピッチから去り、閉会セレモニーも終了。
 横国から吐き出された65000のサポーターの波。皆、一斉に新横浜駅へと歩を進める。その口々から発せられるのは「攻めて欲しかった・・・」という声。
 そう、選手はがんばっていた。ただ、攻める為の戦術的サポートがなにもなかった。それがとにかく残念で、悔しかった・・・。
 
 「0−1」を「惜敗」ととるか、「惨敗」ととるか、そこが問題だ・・・。 

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