第26節 アルビレックス新潟戦
「ORANGE HURRICANE

 新潟のゴールが決まるたび、30,000人もの観衆が一斉に歓喜の雄叫びを上げる。
 その場から逃げだしたくなる衝動と、言葉にならない屈辱が全身を突き抜けていった…。

 試合前日の午前10時30分。
 僕らを乗せたフェリーは小樽港を離れ、新潟港を目指した。
 そこから実に18時間という長い航海の始まりである。
 旅の仲間は見知った顔ばかり。ただ、顔は見知っていても、実際には名前すら知らない…なんて事がよくある訳だが、
 この航海が終わる頃には、そんな輩は当然のようにいなくなってた。
 もともと見知った顔だけに、お互いの距離が埋まると、随分と古い友人だったような気さえするから不思議なものである。
 で、すったもんだ←(詳しくは書けないがサイコーの航海だった)の末、試合日の早朝5時30分に新潟港に到着。
 フェリーを降りた瞬間、あからさまに湿度の違う空気が僕らを出迎えた。
 まだ朝っぱらだというのに、軽くヤラレそうになる。試合開始は午後7時。先が思いやられる…。

 僕はこの後、従兄弟の所へ顔を出しに行ったのだが、開場前にはビッグスワンに戻っていた。
 スタジアム周辺は開場前から長蛇の列に取り囲まれ、異様な熱気を放っている。
 久しく札幌がお目にかかっていない光景だ。ドーム開業当時の熱気を思いだす。
 開場前に配られたマッチデイの予想スタメンでは、札幌の左サイドバックが大森になっていて、
 『おいおいホントかよ!?』とひとしきり盛りあがったが、『ないない!』って事で落ち着いた←そりゃそうだ。 
 やがて、夕方5時ジャストに開場となり、この瞬間を待ち侘びたサポたちがビッグスワンに雪崩れ込む。
 僕らが陣取るアウェイCURVAには『札幌サポ用』にローピングされたブロックがあって、必然的にそこに押し込まれる格好になる。
 それにしても綺麗な2層構造スタジアムだ。
 1層部分のCURVAは上下2ブロックに分かれているのだが、傾斜がやや緩めなので、試合を観るなら上のブロックの方がいいだろう。
 総合競技場だからトラックが当然あるのだが、上のブロックならさほど気にはならないはず。
 下のブロックからのアングルは、厚別よりもちょっとイイぐらいな感じか。
 ここがこの日の僕らの戦場。
 敵兵40,000を飲み込むスタジアムで、唯一の自陣だ。
 とりあえず場所を決めて、しばらくダラリと過すが、なにもしてなくてもジワリと汗が滲んでくるこの湿度が厄介だった。
 試合中、熱中症にでもなったらシャレにならないんで、とにかく水分を補給した。
 試合中にイヤというほど汗をかくのは分かっているのだから、その分は試合前に補給しておかないと、あっという間に脱水症状を起こしかねない。
 人間が短時間で身体に吸収できる水分量には限界があって、汗となって身体から出た量の水分を、すぐに補給するのは無理なんだそうだ。
 つまり、喉が乾いたから飲む…では、基本的に手遅れだから、試合の随分前から、こまめに水分を補給しておくのがベストらしい。
 で、ここでもすったもんだ←(詳しくは書けないがアウェイでは色々あります)の末、ピッチ練習の時間が近づいてきた。
 真正面から左右のスタンドは見渡す限りオレンジ一色。
 札幌でいうところの『オフィシャルLフラッグ』が、スタンドのいたるところで打ち振られ、Jリーグ開幕をも思わせる熱気を放っている。
 それに引き換え、新潟のサポートは弱い。
 これは負け惜しみでもなんでもなく、あれだけの数がCURVAにひしめいている割には、サポートから圧倒的な迫力が感じられないのだ。
 『これなら負けねぇよ…』
 札幌のCURVAでは、誰しもそう思った事だろう。
 やがて札幌の選手たちがピッチに姿を現し始めた。まずは洋平がピッチに踊りだし、続いて他の選手達が続く。
 ここでまず、軽いジャブ程度の選手コールが炸裂!
 …いやはや凄い声量だ。
 『窮鼠猫を噛む』という訳でもないだろうが、やはりこのアウェイの雰囲気に飲まれたら終わり…という思いはビンビンに伝わってきた。
 フェリー組も、新潟到着から13時間待たされてやっと巡ってきたこの瞬間に、溜めこんできた感情を思う存分爆発させている。
 フェリーという長旅が生んだ一体感…恐るべし。
 そしてこのまま、札幌のサポートはフル加速体勢に入ったのだが、この日のCURVAにはリミッターというものがなかったらしい。
 果てしなく高揚を続けるCURVAの中で、正直、陶酔感すら覚えた。
 『なんでこんなに声がでるんだ?』
 新潟という下越の湿気が喉に効いたのか、気持ちいいんだか悪いんだか、とにかくどこまでも声がでる感覚。
 後から聞いた話では、この時、仲間の多くも同じ感覚に陥っていたらしい。
 試合開始直前には、それまで味わった事のないテンションとパッションがCURVAを覆いつくしていた。
 この状態で『負ける』などとは微塵も感じられない、最高の精神状態だった。
 
 試合は序盤から攻守の切り替えが早く、一瞬たりとも目が離せない展開。
 札幌の左サイドバックにはさすがに大森ではなく川口が抜擢されていて、それはそれで驚かされた。
 ジョアンの奇襲である。
 狙い通りにいけばいいのだが…失敗すると致命傷になりかねない。
 ただ、そんな不安が表面に浮かび上がるより前に、ゲームは動いた。
 新潟のゴール前での混戦から、確かにネットが揺れたのだ。
 一瞬、気味の悪い静寂に包まれるビッグスワンを尻目に、札幌CURVAはまさに狂喜乱舞。
 アウェイでのゴールはホームのそれとは価値そのものが違う。ましてや、これだけ究極アウェイの空気の中で決まったゴールは格別だ。
 胸をすく快感が全身を駆け抜ける。
 『このままお前らを黙らせてやる!』
 たかだか300程の人間で、30,000もの人間を黙らせてやろうと本気で思った。
 だが、勝負の天秤は『ありえないミス』から大きく傾く事になる。
 曽田が自陣ゴール前で、またしても痛恨のミスを犯したのだ。頭を掻き毟るように地団駄を踏む曽田。
 たとえプロだろうと人間なんだから『絶対ミスするな!』とは言わないが、曽田が犯すミスは『致命的』な場合が多い。
 この瞬間までは、素早い攻守の切り替えに苦しみながらも、なんとか札幌のリズムだっただけに、悔やんでも悔やみきれない失点だった。
 そして曽田交代。
 同点に追いつかれた事による戦術的交代だったのかもしれないが、あれはどう見ても『懲罰交代』だった。
 と、ここで投入されたのが砂川だったので、森下か中尾がディフェンスに回るのかと思われたのだが、なんとセンターバックには今野が下がってきた。
 『おいおい大丈夫かよ…』
 次々と奇策を打ってくるジョアン。練習で手応えを掴んだ上での起用だったのだろうか?
 それまで静かだった新潟サポが、この同点弾で息を吹き返したのはいうまでもない。
 前述のようにサポートそのものにはそれほど迫力はないのだが、30,000超のビジュアル的な効果は圧倒的だ。
 新潟もその勢いに乗って、一気に試合をひっくり返そうと攻撃に厚さを増してくる。
 が、ここで再び勝負の天秤が大きく傾く。
 同点弾を決めた船越がこの日2枚目のイエローで退場に!
 主審の北村も2枚目だったのを『忘れてた』ようで、かなり揉めたが判定が覆る訳もない。
 札幌からすれば願ってもない展開になった訳だが、これはこれから始まる『北村ショー』のほんのオープニングに過ぎなかった…。
 
 前半を同点で折り返し、札幌は一人多いというアドバンテージを保ったまま、後半に雪崩れ込んだのも束の間。
 右サイドをザックリ切り裂かれて放たれたセンタリングをマルクスに決められてあっさり逆転を許す。
 ここからはまさに大虐殺だった。
 札幌も岡田に代えて(これも懲罰?)酒井を投入し3トップ体制を敷いたが、直後にビタウが一発レッドで退場。
 明らかに『つじつま合わせ』の退場劇に見えた。
 その後、ゴールネットが次々と揺れていく。
 その度に沸きかえる30,000のオレンジハリケーン。
 恥ずかしいの一言。ここから逃げ出したくなる衝動。
 あの感覚は、あの場所で実際に、360度のステレオワイドで新潟サポの歓声を全身に浴びなければ味わえないであろう屈辱感。
 札幌の選手たちも戦意を喪失したようにパスミスを繰り返し、CURVAのサポートも勢いを失っていた。
 最後の5失点目のシーンなんかは、アンドラの足に当たって新潟サイドにボールが跳ねた瞬間、
 『あ、やられた!』
 と確信した。見事なまでのカウンターだった…。

 結局試合は『5−1』の大惨敗。
 J1復帰へ一縷の望みを懸けて乗り込んだ新潟の地で、終戦モードの秋風に晒された。
 屈辱にまみれながらも、ダンマク撤収などの帰り支度をしていると、
 『新潟最高!』
 とか絶叫する山口泰に30,000の新潟サポが半狂乱。
 今が新潟のピークなんだろう。札幌にもかつてあったもの…。

 その後、息つく暇なく23時50分のフェリーで帰路に就く。
 苫小牧へ向かうフェリーの中では『終戦記念日・アウェイVer.』の宴が繰り広げられ、今季の目標を『5位』に再設定。
 『札幌5位→1位の法則(札幌がDIVISION優勝した2回とも、その前年は5位)』でいくと、来年はJ2制覇だな。
 てな事が、半ば真剣に飛び出しりする。それだけ、この日の虐殺からは軽々しく『まだまだいける!』という言葉は口にできなかった。
 翌日のフェリーは、あまり天候がよろしくなかったが、イルカは見れた。
 ちゃんと航跡を追っかけてくるものである。
 『もっとコイヨー!(笑)』
 また、帰りのフェリーで友達になったオーストラリア人のミック。
 同じくオーストラリア人のプロゴルファー『ブレンダン・ジョーンズ』の専属キャディーで、
 サンクロレラクラシック出場の為に本道を目指していたのだが、予選落ちしたら川崎戦は見に行くからと言っていた。
 が、なんと、川崎戦があった8月10日の最終日。
 プレーオフの末、優勝しちゃったらしい。
 う〜ん、凄い!ってか、彼に勝負運を持っていかれたな(笑)

 で、こんな出会いもあったりするフェリー。
 時間があれば悪くないものである。
 試合に勝ってれば、もっと楽しいのはいうまでもない。
 

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