観戦日記2001〜
第15節 7月21日 横浜Fマリノス戦
「ドーム初陣」 

 札幌ドーム。コンサのホームスタジアム行脚は、「春野・入江・千代台・厚別」を経て、ここで終焉を迎える。ここ、札幌ドームは我がコンサと僕らサポーターにとって「安住の地」となるのか・・・。

 40000枚のチケットが僅か150分で完売!「ヒッキーのライブ」でもなければ、「GLAY EXPO」でもない。コンサのJリーグ公式戦のチケットがである。ちょっと(いや、多いに・・・)信じ難いが、事実なのである。
 そうなれば必然的に問題になるのは、何時から並べばいいのさ?ということ。厚別ではもう「恒例」となってしまったから、別に驚く事も戸惑う事もないのだが、今回はドーム初戦ということもあって、どうにも勝手が分からない。7/1にキリンカップが開催されてはいるが、あの時は「ウルトラ・ニッポン」に紛れ込む為にAWAY側、つまり「南ゲート」に並んだし、徹夜もしていない。
 ただ、今回ばかりは「コンサのホームゲーム」だけに、徹夜は必至の情勢。しかもこの試合の前日には「新日本プロレス」がドームで興行を行うことになっているから、ヘンに早い時間から並ぶと主催者側に「撤去」させられるだろうし、そもそもドーム側は「徹夜」という行為自体、認めていない・・・。
 さんざん迷ったが、とりあえず「おりりん達」が風邪ひきにも係らずドームに偵察に走ってくれた。その頃、丁度プロレスが終わったらしく、汗臭いあんちゃんたちの大群が津波となって押し寄せる歩道橋から、コンササポの姿を必至に探してくれたらしいが、その時点でコンササポの姿は影も形もなかったらしい。だが、ここに大きな盲点が・・・。
 というのも、実はこの時点で既に「テープ貼り」が行なわれていたのだ。おりりん達の目の前を流れていく大群の足元には「およそ50cm四方」に区切られた「小さなマス」が列を作っていて、その上をどかどかとプロレス帰りのあんちゃん達が通り過ぎていくものだから、見つけようにも見つけられなかったのである。その後しばらくして、我が家に連絡が入ったのがPM7時頃。おりりんからドームのコンササポ状況を聞くと、既に結構な数のコンササポがドームに集結しているとのこと。それならばと、今回は「風邪ひき」のおりりん達に代わって徹夜番をする事になっていた僕も、荷物をまとめてドームへ出発。開場を待つ長蛇の列

 ドームに到着したのがPM9時ちょっと前で、この時既に「北ゲート」付近には「50名近い」コンササポの集団が列を作っていた。天気は上々。雨の心配は全くなくて、夜風が身体に染みることもない。「北ゲート」付近の照明は明るく、本を読むのに支障をきたすこともない。傍らを走る国道36号線にはひっきりなしに車の往来があり、厚別とは違って「都会」を感じる。厚別の暗く、静まり返った雰囲気とは正反対の場所だった。この時点では、この快適な場所で泊まる気まんまんだった・・・。
 だが、しばらく経ち、そろそろ終電もなくなりそうな時間にさしかかると、このままコンササポが増え続け、賑やかに「なり過ぎる」ことを危惧したサポの自発的な提案によって、深夜の緊急サポ集会が開かれた。徹夜に関する「ドーム側の見解」と「HFC側の見解」を踏まえた上で、現状の並びを「維持する」ということを前提に「帰れる者は帰る」という意見で一致。ここでかなり多数のサポが家路につくことになった。
 「ここにいちゃいけないのか〜」と漏らし、困り果てた顔を浮かべるおじさん(推定60歳前後)は寝袋に足を突っ込んだまま、「おりゃ、もう帰れないよ〜」と皺だらけの顔を更に皺くちゃにする。こんな時間での決定だから、それも当然で、こういった「帰るに帰れない」サポや、「なにがなんでも泊まる。でも、うるさくしない」というサポはこのままここに残り、朝を迎えたそうだ。
 僕らは帰ることとし、翌日早朝に再び出向くことにした。
 早朝、並んでくれたのはおりりん達。僕らが合流したのは、翌日のAM10時ちょっと前。丁度、B自由席に並んだサポーターの列を移動させている最中で、先頭から「横8列」という隊形で後に長〜い列を作っていった。この時点で開場まで6時間!キックオフまでは9時間!である。毎度の事ながら、炎天下(何故、コンサの試合日は快晴ばかり・・・)でこの後、ひたすら開場を待つ事になる。
 そしてこの日も「ナリちゃま、い〜ちゃん、ta−tuさん」とお会いして随分長い時間、楽しいお話に加えさせて頂きました。ただ、どこでお会いしたかは「伏せます」・・・ね、おっとさん。
 その後も炎天下は続き、12時を過ぎる頃には、ドーム後方の緑を見て「遠足気分」に浸っていた精神的余裕もどこかへ消え、とにかく暑さに「耐える」時間が続いた。1時近くになって、おりりん達が再び合流し開場まであと3時間!この待ち時間で、両腕は見事に真っ赤になり、久し振りに本格的な日焼け状態。よくよく考えれば、この日は7/21。3連休のど真ん中で、しかも真夏!海へ行ったり山へ行ったりと、屋外レジャー真っ盛りの季節。それなのに僕らはというと、ナイターを待ちながら両腕を焼いている。人それぞれに、休日、そして青春の過ごし方はあると思うが、僕らは何にも代え難いコンサをとった。それでいい・・・。平和な北ゲート外コンコース
 何度かドーム内(ゲートより中ではない)のトイレを使ったが、ここは天国・・・という涼しさ。この時点では、北側ゲート外のコンコースもがらがらで大手を振って歩ける。ただ、これが試合後になると「とんでもない状態」になるのだから、ここが40000人を飲み込むドームの最大の泣き所だろう。
 「暑い、だるい・・・」睡眠不足をおして、ここに集結しているサポからの悲鳴は力ない溜息に変わり、異様にまったりとした時間が、これまたいやにゆっくりと流れていく。このまったりした気分を吹き飛ばしたのは「黄色いビブス」のあんちゃんたち。そう我らが「CVS」の精鋭たちである。
 「開場が早まるかもしれませんので、少し早いですが列を順々に詰めて下さい・・・」
 そう声が掛かったのが丁度3時頃。開場予定時刻は4時だから、この暑さに「うんざり」しているサポからは拍手と歓声があがる。キリンカップの時は開場が「30分」早まった。これをヘタに経験済みだから、この日も「最悪」、「30分前」には開くだろう・・・。そう誰もが思っていた・・・。
 炎天下の下、消耗した身体にムチ打って、開場を「立ったまま」で待ち続けるサポの大群。だが、いっこうに開場になる気配はなく、気が付くと「3時30分」を過ぎていた。こうなると、すぐにでも開場になると思っていたサポからは当然「非難」の声があがり、さっきまでのまったりとした雰囲気が、ピリピリとした緊張感に包まれていく。
 ただ、この雰囲気のなかでも時間は確実に流れ「3時50分」。開場10分前に遂に先頭が動きだした。USが先頭で小旗を振りかざし、その後に連なる大群は、まるでドーム見物にきた「大観光団」のよう・・・。 
 「まだ、開場ではありません。落ちついて進んでください!」
 CVS様のハンドマイクは確かにそう謳っているが、おざなりな手荷物検査を越え、「避暑地」であるドーム内部を目指すサポの耳には届いていなかったことだろう・・・。
 僕らが並んだ列は「北ゲート3」か、その奥の「北ゲート2」から入場することができそうだった。とりあえず、「北ゲート3」前に並び、開場を待ったのだが、ここで大問題発生!
 この試合でコンサはホームゲーム集客人数「100万人目」を達成するということで、ゲート付近には「無線」を手にしたスタッフが他ゲートとの連携を確認しているようで、いっこうにゲートが開く気配がない。時間はもう「4時10分前」で、いつ開いてもおかしくはない。というより、僕らよりうしろのサポ集団は「既に開いた!」思い込んでいたに違いなく、もの凄い圧力で迫ってくる。「開場が早まるかもしれません・・・」という言葉とは裏腹に1時間も立って待たされたサポの苛立ちも当然で、「早くしろー!」という罵声も飛び交っている。結構な量の酒を浴び、すでに「出来あがって」しまって、気が大きくなっていたサポも結構いたようだ。
 先日の明石市での「花火大会」で起きた悲劇は「対岸の火」ではなく、あの時あの場所で起きていても不思議ではなかったように思う。あちこちで女性の悲鳴が聞こえたし、僕自信も後からの圧力で足が浮きそうになった。もし、あと「5分」開場が遅かったら・・・。
 このあたりは今後の課題になるだろう。何かあってからでは「遅い」のだから・・・。ドーム売店群

 そして開場の時刻となり、サポたちは遂に「最期の聖地」札幌ドームに進攻を開始した。
 ここからはキリンカップ時と同様、とにかく走る。ゲート奥で参議院選挙「播ちゃんうちわ」を配っていたが、それどころではなかった。貰うものもとりあえず(後で貰いに戻った)、ゴール裏を目指す。
 階段を登りきると、そこには緑が眩しい「ホヴァリング・ステージ」が姿を現し、今度はそれを見降ろす格好で、階段を一気に、だが慎重に下る
。そして、いつのも場所、ゴール裏最中心部に腰を降ろした。時刻は丁度4時。おりりん達が偵察に来てくれてから、ほぼ「24時間」が経っていた・・・。
 一息つくと、いつもの事ながら「寒く」感じるドーム内部。まだガランとした、殺風景な雰囲気が余計そう感じさせるのだろうが、じ〜っとしてると結構ホンキで寒くなる。当たり前だが、ここには厚別名物の「風」もない。
 「応援には涼しくて快適かも?」これはキリンカップ時にも感じたことだから、今回も・・・と思った。ただ、それが大きな「間違い」だったということを、後に身体で思い知らされる事になる・・・。
 
この後、時間潰しを兼ねて晩飯を買い出しに行き、前座試合である「コンサユース・U−18 vs 北海道高校選抜」の試合を観戦しつつ腹ごしらえ完了。で、その試合の方はというと、試合内容も結果も「コンサユース」が惨敗・・・。これを、「幸先悪い」ととるか「禊は済んだ」ととるかだが、悩むことなく「後者」と心に決めた。
 また、この試合の最中、ゴール裏中心部ではUSのメンバーが集結し、なにやらボソボソと口ずさんでいる。どうやら新曲の練習をしているようだ。
 今季の新曲「レ〜アレアレ〜♪」がほぼ定着してきたことから、ドームでの新曲披露となったようで、最初は小さな歌声だったものが徐々にそのボリューム上げ、終いにはタスキを掴んでサルトしながらの大合唱へと発展。これにはさすがに、ゴール裏両サイドのサポも声合わせる事も出来ないようだったが、なんとか声を合わせようとするサポ達もいて、これを契機にゴール裏全体に緊張感というか「戦う姿勢」みたいなものが伝わっていったようだった。試合開始前には、USの太鼓(まっつくん)を先頭に、USの一団が「ラ〜ララララ〜♪(思い出せない・・・)」と新曲を歌いながら、ゴール裏B自由席の最前列を端から端まで横断していった。その姿はまるで「ブレーメンの音楽隊」ようで、なんだか和やかな雰囲気を醸し出している反面、明らかにゴール裏にあの独特な一体感を取り戻させていった。CURVA NORD
 更に、この試合のハーフタイムには、Fマリの選手たちがアップを開始し、ドーム自体が彼の存在を否定するかのような、おびただしいブーイングにさらされるFマリ司令塔「俊輔」にドーム中のサポの視線が釘づけになった。間違いなく「俊輔」がこの試合の鍵を握っている。それが、コンサ&Fマリサポの共通した認識。
 こうして札幌ドームでの初の実戦に向けて、イマイチまとまりに欠けていたゴール裏だったが、ゴール裏のテンションが着実に上がるにつれて、ゴール裏に漂う空気は次第に熱を帯び、なんともいえない「息苦しさ」を感じるほどに、張り詰めていった。
 
 と、ここで忘れちゃいけないのが「ドールズ」。この日の為に新調した「NEWコスチューム(3代目)」で華やかに登場し、そのセクスィーなコスチュームにはドーム中から拍手と喝采を浴びていた。
 ちなみに「お〜。セクスィー」とこぼす言葉に、「おっさんくさいからやめなさい・・・」と、切り返されたました・・・。 
 
 そして遂に選手入場の時刻となり、ドームのボルテージが一気に上がる。ゴール裏には「ユニ型・ビッグフラッグ」まで登場し、言葉にならない高揚感がゴール裏を包んでいった。ちなみにこの「ユニ型・ビッグフラッグ」の画像は「い〜ちゃん」に撮影して頂きました。画像にカーソルを合わせると、その「ユニ型・ビッグフラッグ」が現れます。
 いつもならば、この高揚した気分のまま試合に雪崩れ込むのだが、この日はコンサのホームゲーム初戦ということで、大橋純子さんによる「国歌独唱(代表の試合でもないのに・・・)」あり、知事のキックインありと、やれそうなことは「全部やっとけ」的な式典があり、いささか、戦闘ムードに水をさされたが、それも無事終了。
 さあ、準備は整った。
 
 ドーム初陣。新たな伝説の幕があがった。
 

この物語は意表をついて、後編へと続く。後編はこちら


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