観戦日記2001〜
2ndステージ 第15節 11月24日 セレッソ大阪戦
「あるいは最期まで、岡田らしく・・・」 

 前開催のReds戦では引き分けに終わるも、この試合で今季の最大目標であるJ1残留が決定した。
 この時点からの残り3試合。岡田監督がシーズン前に掲げた目標「勝ち点39・年間総合10位」を目指して戦ってきたわけだが、主力選手の相次ぐ故障と戦線離脱でベストなパフォーマンスを発揮することができず、アウェーで2連敗。結果として、引き分けを挟んで4連敗となり、ホーム最終戦を迎える事となったのだが、最終戦はなんとしても勝利で終わりたい。このメンバーでリーグ戦を戦えるのはこの日が最期になるのだから・・・。
 と、いやがおうにもモチベーションが上がっていた矢先、あまりに突然の岡田監督の退任発表。
 選手・サポーター・チームスタッフ。それぞれが様々な想いを抱えたまま、札幌ドームに集結した・・・。

 めちゃめちゃ早朝。この頃の4時台はまだ真っ暗だ。
 ドーム向う道すがら空はなんとなく白んできて、おりりんとくっちゃんとも無事合流し、6時前にはドームに到着。それでもこの時点で結構な人数が並んでいた。コンササポ恐るべし・・・。コンサ勝利の「日の出」となるか!
 ややもすると、空は次第に明るさを増し、輪郭しか分からなかったドームもその全容を曝けだしていく。やがて、千歳方向の空にオレンジ色の太陽が昇り、ドームに集いしサポ皆で「最終戦の勝利を願って」素晴らしい御来光を拝む。ただ、こんな大勢で「日の出」を眺めるなんて、正月の「初日の出」を見に行って以来だな〜と、暫し感慨に耽ってみた・・・。
 さて、この日は「寒さ対策」とい観点からドーム側の好意もあって、ドームでは通常、試合開始3時間前の開場のところを、4時間前に開場してくれるとのこと。しかも列の先頭部分を、ドームの北側部分・ガラスシェルター内に引き入れてくれるというのだから、ありがたい限りだった。
 その開場までの時間、僕らは11月7日の「AZZURRI戦」の報告を、おりりんとくっちゃんは「アウェイ・柏戦」の報告をお互いにおもしろおかしくやりあいながら過ごす。続いて、い〜ちゃんが遠征した「埼玉2002」でのイベント。「コモエスタ赤阪vs浦和レッズOB」の写真を見せて貰ってひとしきり盛りあがったのだが、この後すぐに、い〜ちゃんはナリちゃまとダンマク張りに出撃し、二人が戻ってきた頃には、開場時間が割とすぐそこまで迫っていた。
 ということで、僅か4時間ちょっとの並びを経て、開場時刻の10時となりました。
 さあ、ここで前開催のReds戦で「問題あり」だった入場方式である。どうやら、入場時に「10人程度に区切る」というのはヤメたようだが、相変わらず丁寧なのか、いい加減なのかが「曖昧」なボディチェックと手荷物検査を済ませ入場ゲートを通過。ひとまずゴール裏中心部を目指してひた走る。
 無事、ゴール裏中心部に腰を降ろし改めてドーム内を見渡すが、まだほとんどサポの姿はなく、次々に入ってくるサポも「どっと!」というより「ぱらぱら。。。」といった感じ。やはり、それなりに入場ゲートの通過には時間がかかるようである・・・。
 さてさて、開場時間が早まって、外で寒い思いをしなくていいのは「ありがたい」が、試合まで実に4時間もある。
 とりあえず。ということで、おにぎりを二つ買って食べ、しばらく「また〜り」と過ごす。と、腹が満たされていない事に気付き、今度は「FAN’S CAFEのカレーパン」を買ってみる。おりりん曰く「美味い♪」ということだったが、ホントに「美味い♪」です。結構大きいし、お徳かも?しかも、これで終わりかと思いきや、とどめに「KFCのポテト」を買てしまった・・・。朝が早いと、腹減るんですよね・・・。
 そして、さすがにこれだけ腹に詰め込むと、眠くなる。幸いこの日の場内BGMは「うるさくない」程度のボリュームだったので、何分だったかは知る由もないが僅かに記憶を失くしていた・・・。
 なんだかんだで時間は過ぎ、12時半からは前開催のReds戦でも行なわれた「コンサドーレ○×クイズ」が再び開催された。これが終わると、ドールズのパフォーマンスがあって、それも終わるといよいよピッチ練習の時間となる。
 と、ここで、いつもと違った光景が・・・。
 今シーズン全試合出場を目指していた「守護神・洋平」に代って、なんと「フジ」がディドと共にピッチに現れたのだ!
 まずは「おお〜っ!」とどよめきが起こり、続いて耳を劈く大歓声。最期には「フ・ジ・ガ・ヤ!」コールがフルボリュームで「若き守護神」の背中を押した岡田監督コンサドーレの軌跡
 暫くして、他の選手達もピッチに姿を現し、ドームは更に大歓声に包まれた。このメンバーで戦える姿もこれが最期かと、少々センチな気分になったが、ピッチをよ〜く見ると、出場停止のBIJUと怪我のWILLがいないのはもちろんだが、故障中のアダウトまでもが結局間に合わず・・・ということで、「純国産仕様」のオーダーだという事に気付き、苦しいゲームになるなと覚悟を決めた。
 スタメンは、DFラインに故障明け間もない「ナツ」が右SBに入り、中盤にはボランチの「のの」を削ってまで、トップ下の位置に「ヤマ」が復帰。アタッカー陣は、昨季はなかなかいいコンビを見せてくれた、BANと賢司のツートップとなる。
 これらの選手のコールがひとしきり終わると、「やっちゃいますか!」との声があがり、「岡田武史コール」がドームに響き渡る。
 退任発表直後には「やめないで!」という声があちこちの媒体から聞こえていたが、前日の会見で岡田監督の口から「疲れた・・・」というコメントがあると、それらはみな「お疲れさま。そして、ありがとう」というものに変わっていた・・・。
 岡田監督以下、これが今シーズン最期の布陣。WILLを最期に見れなかったのがとにかく寂しかったな・・・。
 かくして、2001シーズンJ1最終節にして、岡田コンサ最期の戦いの幕は切って落とされた。
 前開催のReds戦では今シーズン最悪か?と思われたゴール裏のサポートも、この日は「いい感じ」な出だし。中心部の密集も復活し、その溢れだすエネルギーは、まわりのサポをTIFOSIに変えていく。この中心部に引っ張られるような感覚が、ゴール裏の一体感を生み、ここがゴール裏全体のテンションの中心だという事を改めて実感させられた。やはり、中心部は「熱く・強く」なければいけない。ということか・・・。
 ただ、やはり「残留」が決まってしまった為だろうか、声は「それなり」に出ていると思うのだが、サポートにはどこか「余裕」のようなものが感じられてならなかった。
 試合の方も、まさにゴール裏と同じく、選手は「それなり」にがんばっているのだが、追い詰められたような必死さ、ましてや4連敗中にして岡田監督指揮下での最期のゲームを絶対に勝つ!という気迫が今一歩感じられない。確かに、「純国産仕様」の布陣では苦しいのは分かるのだが、ゲームを組み立てるどころか、得点の気配が全く感じられない。
 中盤はCerezoに完全に支配され、モリシに引っ掻き回される。ただ、この試合で最も注意していた「ユン」が中盤の底に貼り付いたままで、あまり上がってこなかったのには救われた。アウェイでの戦い方ということで、自重したのだろうが、もし「ユン」が序盤から積極的に攻撃に絡んできていたら、古川先生を軸に耐え続けた最終ラインも、もしかしたらもっと早い段階で破綻していたかもしれない・・・。2001−J1最終戦
 それでも結局、コンサ的には「いい所なし」で前半は終了。試合は後半へと進んでいく。
 後半突入にあたって、「ナツ→のの」、「ヤマ→ゆづき」とメンバーを入れ替えて、コンサは必死に攻撃を試みるも、なかなか決定的な場面を演出できない。BANと賢司のツートップも前線で孤立したままで、ほとんど仕事ができない状態。というのも、昨季のBANと賢司のツートップは、前めに賢司が残り、BANが引き気味でバランスを保っていたのだが、今季のBANの身体にはWILLが積極的に下がる為に、前めに残るポジショニングが染みついてしまっていた。故に、賢司が前線で一旦、ボールをキープ「しなければならない」時間が増え、お世辞にも足技が巧いとは言えない賢司のこと、結局はBANに繋ぐ前に、ボールを奪われる場面が多くなってしまった。
 コレを見抜いたCerezoは後半に入ると、中盤の底から「ユン」が積極的に攻撃参加することで、コンサの最終ラインを崩しにかかってきた。 ゴール裏は、何度となく訪れる危険な場面を、身体を張って防ぎ続けるディフェンス陣には集中力が途切れないように、一瞬のチャンスを狙う攻撃陣にはオフサイドを恐れない勇気を与えられるように、精一杯のサポートを送り続けた。
 岡田監督も「テクニカルエリア」ギリギリまで身体を乗り出し、必死に指示を与え続けたが、戦況が好転することはなく、試合は既にロスタイム。
 2001シーズン、J1最終戦のロスタイム。今ピッチ上で戦っているメンバーで迎えた最期のロスタイム。そして、この3年間の想いすべてが詰まったロスタイム。
 しかし、時間というものは、そんな感傷に浸る余裕を持ち合わせておらず、常に正確に、この日ばかりは特に冷酷に過ぎ去っていく。
 そして、ロスタイムの目安の3分が過ぎ、誰もが「延長」を覚悟した刹那。
 Cerezoの攻撃陣に右サイドを深くえぐられ、ペナルティーエリア内で「モリシ」を起点にワンツーを決められてしまった。最後はフジとの1対1を大柴が制し、右足から放たれたシュートがフジの股下を抜けていった。勝利を決定づける「一撃」だった・・・。
 またしてもロスタイムの失点・・・。崩れ落ちるコンサの選手たち・・・。
 この日ばかりは、ロスタイムの失点に「慣れさせられた」ゴール裏からも「立てっ!」という声はなかったような気がする・・・。
 直後、試合終了を告げる笛が、万感の想いを込めて鳴り響き、岡田コンサのJ1最終戦は引き分けを挟んで「5連敗」という、なんとも屈辱的な敗北で幕を閉じた。
 それでも「まあいいか・・・」というような空気がゴール裏を包んでいた。これもおそらくは残留が決まっていた「余裕」からくるものだろう。眼前に、J2降格が決まってしまったCerezoがいては、僕らにとって「残留」という言葉以上に重い言葉はないのだから・・・。

 試合終了後、突如としてドーム内の照明が落ち、場内は「蛍光灯」のように真っ白な世界から、「白熱球」のように薄オレンジ色の世界に変貌する。この、いかにも郷愁を誘う雰囲気のなかで、岡田監督の勇退式が始まった。
 岡田監督の退任の挨拶があり、なんとも言えずしんみりとした空気に包まれるドーム。あちこちですすり泣く声も聞こえる・・・。
 
 フランスW杯最終予選で加茂監督の突然の更迭を受け、急遽日本代表の監督となった岡田監督。その後、見事に日本代表を初のW杯本大会に導き、そのままW杯初?の「ジャージ姿の監督」として日本代表の指揮をとった。
 翌年、J2に降格した我がコンサの監督に就任し、初年度はJ1復帰を逃したが、昨年にはJ2をぶっちぎりの優勝でJ1に復帰させ、今季は「J1最低予算」のコンサを独自の岡田理論と他に類をみない抜群のチームワークで見事J1に残留させてくれた・・・。
 走り続けた4年間。特に監督業以外の仕事でも、おそらくは多忙を極めたコンサでの「3年間」は、岡田監督を心身ともに疲れさせてしまったようだ。
 「この3年間指導者として幸せな時間を送ることができた。素晴らしい選手と皆さん、北海道のおかげです。3年間ありがとうございました」という言葉を最期に、岡田コンサは3年間の歴史に幕を降ろした。
 その感謝の気持ちを込め、全選手を代表して主将の「のの」から花束が贈られる。
 岡田監督がそれを受取ると、ドームは割れんばかりの歓声と、言葉にできない悲しみに包まれた・・・。
 そのまま、全選手を引き連れてのサンクスウォークとなった訳だが、岡田監督が移動するのに合わせて、この歓喜と悲しみが一緒くたになったサポの感情の渦が小波のように広がっていく。
 その先々で、「ありがとう!」、「おつかれさま!」という声が投げかけられ、それに大きく手を振って応える監督。
 ゴール裏でもあちこちで監督への感謝の想いを込めた、ダンマクやボードが掲げられていた。USでは「WILLとBAN」の為の大ダンマクも掲げられ、特にBANには「来年も一緒にやろうぜ!」の文字が踊った。この想いが伝わって欲しいと願って・・・。 
 いよいよゴール裏までやってきた監督だが、ここでいきなり、またしてもコバの先導で「胴上げ」が敢行された。
 選手たちに高々と胴上げされ、その姿に沸きに沸いたゴール裏だが、最期はピッチに落とされ、照れ笑いを浮かべた監督。
 その時の笑顔は今でもはっきりと、目蓋に焼き付いている。
 「こいつらと一緒で、幸せだった・・・」ありがとうコンサの戦士たち・・・
 そんな笑顔だった・・・。
 
 ありがとう、岡田監督。
 僕らも、あなたと一緒で幸せでした。
 いつの日か、再び会えると信じて・・・。 

 そして最期まで戦い続けた選手たち。
 このチームが好きでした。
 これからはそれぞれ進む道が違い、敵になることもあるでしょう。
 それでも、赤と黒を着た君たちを忘れない・・・。

 We are Sapporo! 

あとがき

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