〜観戦日記〜
第16節 6月1日 ベガルタ仙台戦
「寒い内容 それとも・・・」

 この日コンサが勝てば、公式戦通算100勝となるメモリアルマッチだった。1996年に産声を上げた我がコンサドーレ。一つ一つの積み重ねが気が付いてみれば99という数字になっていた訳で、もうそんなに・・・というのが実感だった。
 今日も天気はイマイチ。日中はそれほどやな天気ではなかったのに、高速に乗り、厚別に近づくにつれ雨が振り出していた。雨は開場を待ってる間も降り続け、その場に座ることも出来ず立ちっぱなしの状態。これがけっこう足腰にきたらしく、試合後はいつもよりあちこちが痛かった。 その雨は不思議なことに、開場となり、ゴール裏に陣取る頃にはいつもあがってしまう。「試合中に雨は降らない伝説」とでも呼ぶべきなんだろうか。雨はあがったものの、気温が低く今までで今日が一番寒かったように思う。だが、この寒さに負けないように、いつも以上に声を出して、いつも以上に跳びまくろうと決めた。
 試合が始まると、コンサは中盤を支配され、ひたすら防戦を余儀なくされた。今日は、古川に代ってリベロに名塚が入っていたが、そこがどうもしっくりいってないように見えた。名塚のコンディションは、まだ本調子には遠いようだった。ガンバとのナイトマッチ
 結局、決定的な形を一度も作れないまま前半は終了。天気同様、寒い内容だった。寒さのせいか、試合内容のせいか、ゴール裏にもいつもの覇気が感じられず、どうしたんだろう状態。自分的には、寒いからいつも以上に跳び跳ねまくったので、体も温まっていい感じだったのだけど・・・。
 後半に入っても仙台ペースは変わらず、あろうことか先制ゴールを許してしまった。
 と、その時、ベガサポのゴール裏で「発煙筒」が発火。真っ赤な炎が2本、ユラユラと揺れ出した。それに気づいたベガサポが、発煙筒男?を猛然と追いかけ始めた。なんとか逃げたと思ったら、今度は競技場関係者がドドーッと大人数で駆け込んできた。一連の騒動に、暫し目を奪われてしまった。
 「発煙筒」で思い出すのが、中田がセリエのペルージャに移籍した年(98〜99シーズン)の最終節。相手はACミランで、その試合にスクデットが懸かっていた。かくゆうペルージャもその試合にセリエA残留が懸かっていて、どちらも負けられない試合だった。その試合のハーフタイムに、グリフォーニ(ペルージャサポ)がとんでもない数の「発煙筒」を焚き、フィールドに投げ入れた。当然ながら試合は再開できず、後半の開始が10分以上遅れた。その時は、さすがにA残留が懸かってる試合だけに、グリフォーニもかなりエキサイトしてるなあ・・・ぐらいにしか思わなかった。
 しかし、その後分かった事(中田が出演したTVで話していた)なのだが、その日他開場で同時刻に行なわれていたサレルニターナの試合(もしサレルニターナが勝てば、ペルージャもミランに勝たなければB降格が決まってしまう大一番)を先に終わらせる為に、意図的にグリフォーニがやったらしいというのだ。その行為自体、誉められたことではないのだろうけど、「そこまでするか」と思わされた。やはり本場のサポは違うな・・・と。この日のスコア
 話がそれてしまったが、コンサは1点取られた事で目が醒めたようだった。
 突然パスが繋がりだし、わずか4分後にミールの出したアーリークロスをエメが豪快に叩きこんで同点にすると、後はコンサのペース。18分にエメが右サイドをえぐって出したボールを、ののさんがコンサ初ゴールとなるスライディングシュートを決めて逆転。その直後、ゴール左斜めで貰ったFKをビジュが直接蹴り込んで3点目。
 まさに、あっというまの逆転劇だった。それまで「お通夜」だったゴール裏も突然弾け、あとは試合終了まで大盛り上がりの大騒ぎ状態。
 結局3−1でコンサが7連勝を飾り、寒い夜も熱くしてくれたコンサに感謝の一戦だった。

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