Calcio is My Life

「0−5が意味するもの」

 あの大惨事から1週間が過ぎた。
 
 ようやく落ちついて考えることができそうだ。

 まず始めに、僕は「トルシエ」に対して「懐疑的」な人間である。
 そして、「中田ヒデ」をサッカープレイヤーとして、最も愛する人間でもある。
 これから、書き進めていくうちに、言葉の端々からそういったニュアンスが感じられるだろうが、始めにそう断わっておきます。

 何故、「0−5」なのか?
 誰もが予想しなかった「歴史的惨敗」。
 責任は何処に?誰に?
 何処に=「日本サッカー協会」、誰に=「トルシエ」。
 僕の中でこのスタンスは変わっていない。
 
 今回の対戦に限って言えば、作戦プランの段階で「負けていた」といっていい。
 トルシエは試合前の会見で、「テストの期間は終わった。あとは固定されたメンバーで戦術を熟成させる」。と言っていたが、この試合では何故か、慣れ親しんだ「ダブルボランチ」を捨て、「トリプルボランチ」を敢行。試合のわずか2日前から、急遽試された「新システム」だ。
 これの何処が「戦術の熟成」だと言うのだろう?
 本来、代表は「3−5−2」でコンサと同じシステムだから、コンサに置き換えて考えてみよう。DFラインは変更なく3バック。問題のボランチだが、ののさん&ビジュの「ダブルボランチ」にミルを入れて「トリプルボランチ」。あとは、ゆづき&りゅうちゃんの両サイドバックがいて、司令塔がウィルで、播ちゃんの1トップとなる。「3−6−1」のような「3−5−1−1」のような、中途半端なシステムである。
 このぶっつけ本番の「新システム」を何故、世界王者のフランス戦で試したのかが「分からない」。
 しかも今回、「フランス」はハッサンの借りを返そうとしたのか、日本をしっかりと研究してきていた。
 本来の2トップではなく、3トップで攻撃を仕掛けてきたのだ。
 結果はご存知のとうり、王者の3トップが繰り出す豪快なコンビネーションブローが開始早々、アゴとボディーにヒット。
 0−2とされた時点で、「KO」されたも同然だった。

 雨で水の浮いたピッチ。ヨーロッパ特有の足の長い芝がボールコントロールを一層難しいものにする。
 日本の選手は「ヒデと西澤」以外、ボールをキープすることすらできない有り様だった。それに引き換え、フランスの選手達はサンドニのピッチを縦横無尽に駆け回る。
 絶対的な「フェジカル」の差。それ以上に絶対的な「基本技術」の差。
 なかなかパスが繋がらない日本に対し、フランスがああも簡単にパスを回せるのは「トラップ」の差だ。
 フランスの選手達はトラップが巧い。味方からのパスをファーストタッチで完全にコントロールする。アンリもトレゼゲもセンタリングをファーストタッチだけで、シュート態勢に持ちこむ。日本代表のDFがチェックに行く前に、ボールは既に足元から消えていた。
 森岡曰く「逃げたくなった」、「ボールを奪った記憶がない」。代表が長い時間をかけて作り上げた「フラット3」が終焉を迎えた日でもあった。
 
 そもそも、「フラット3」自体、僕はホントの「強国」には通用しないと、ずっと前から思っていた。五輪代表は確かに決勝トーナメントまで進んだが、それはあくまで「U−23世代」での話で、基本的に五輪軽視の欧州各国との比較にはならない。アジアカップにしろ、「韓国」とやらないで「優勝」したチャンピオンなど、眉唾ものだ。現に、年末の韓国戦は「ホーム」にも係らず一人少ない韓国相手に「引き分け」がやっとの状態だった。昨年のハッサンとキリンカップは良かったじゃないか!といわれそうだが、ハッサンはフランスがシーズンオフ期間で体ができていなかったし、キリンカップも相手に役不足の感があったように思う。
 つまり、今回がホントの意味での「フラット3」vs「強国」だったように思う。
 結果は「壊滅」。森岡も「監督と話しをしたい」とコメントを残した。選手自身が「フラット3」の限界を感じてしまったのである。
 その「フラット3」。トルシエが着任した直後から試されてきたシステムだが、トルシエ自身、前監督をしていた「南アフリカ代表」でも、「フラット3」を試していた。つまり、トルシエが「日本選手の特性」とか「日本選手が強国と戦う為に」とか、そういったことは「全く関係なく」ただ、この戦術が「好きなだけ」で、試されてきたと考えられる。
 現在のサッカー界は、各国にサッカーを「科学的に」調査・研究する機関があったりして、基本的なシステムはもう熟成しきった感がある。もし「フラット3」が最も優れた「ディフェンス術」であるなら、とうの昔にどこかの国が実践したハズだ。だが、そういった例がないところを見ると、「フラット3」自体、世界的には「信頼のないディフェンス術」だということになるのではないだろうか?

 W杯まで、あと400日あまり、もう迷ってる時間などないのだ。
 日本には「予選」がない。あの、ギリギリの精神状態での戦いの中でチームとしての完成度をあげていけない以上、今回のような「テストマッチ」が全てである。それなのに、前述した「新システム(トリプルボランチ)」の思いつきとしか言い様のないテスト・・・。
 
 それだけで充分すぎる上に、意味不明の采配。

 なにをしたいのか?なにをやらせたいのか?
 が、まったく見えてこない、相変わらずの迷采配だった。
 
 僕がトルシエに対して「懐疑的」な部分はまさにココである。
 トルシエの「選手育成能力」に関しては、まったくもって文句がない。
 が、しかし、こと「采配」と「指揮官としての能力」については「?」がいくつあっても足りないぐらいだ。
 これまで、何度となく「?」と思ってはいたが、それを決定的にしたのは、アジアカップ「中国戦」後のコメントだった。
 中国に先制されたとき彼は「頭が真っ白になった・・・」、「足が震えて、なにも考えられなくなった・・・」そうだ。
 そんな監督がいるだろうか?
 今回もそう。フランスに2点獲られた段階で、おそらく彼が「最も早く」負けを意識したことだろう。
 彼はW杯出場監督だが、「決勝トーナメント」は未経験の監督である。例えると、初めて登る山の「登山ガイド」が、「その山には登ったことがありません」と言うのと一緒。
 こんな監督を連れてきた「サッカー協会」が、一番悪い。
 というのが、僕の持論。
 その山の「ピーク(山頂)を踏むのが目的ならば」、登山ガイドは、何度も登ったことのある「ベテラン」を用意するのが、親心というものではないのだろうか?「ガイドと一緒にがんばってくれ」という、姿勢に問題があるのでは?

 だからといって、今更監督が替るわけでもなく、「一緒にがんばる」しかないのだが、もし「登りきれなかった場合」、協会はこの責任をどうとる気でいるのだろう・・・。

 と、話がそれてしまったが、問題なのは、今回の「0−5」の惨敗から何を「得るのか?」ということ。
 「アジアチャンピオン」だの、「すでに世界レベル」だのと、マスコミに躍らされた選手達にはいい薬になっただろう。今回の対戦でハッキリしたのは、日本代表で世界レベルの選手は「中田ヒデ」だけだということ。
 その「中田ヒデ」にしたって、今季はローマのサブに甘んじ、出場機会がほとんどない。「ヒデ自身」、欧州で最も権威のあるフランスのスポーツ誌「レキップ」でのインタビューの中で、「今年は成長したとは思っていない・・・」という発言をしている。
 それでいて、他の日本人選手との「格の差」は歴然だった。

 Jリーグの1stステージが終わる頃、欧州は2000−2001シーズンが終わり、移籍マーケットが開く。
 そこで、どれだけの選手が海外に出るのかが、来年のW杯の予選突破の鍵になるような気がする。
 もしこのまま、「中田ヒデ」だけのチームであったなら・・・。
 
 予選突破はおろか、1勝すらあげることが出来ないかもしれない。

 予選で、イタリア・ナイジェリア・メキシコと「同組」になる可能性も否定はできないのだから。

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